かき氷、手の中で溶けて

文字数 1,149文字

「そういえばさ『振る』って……どういう意味なんだろう?」
 両脇にある屋台を瞳を輝かせながら見ている奈緒は、手持無沙汰なのを訴えるかのように自分の着ている浴衣の袖をパタパタとさせている。
 口の中であっと言う間に溶けたかき氷を飲み込むと、ほんの少しだけ残っていた氷が喉を冷やしながら滑り落ちて行った。
「ふる?『雨が降る』とか、そういうの?」
「違う違う。恋愛であるじゃん。振られたとか、振ったとか。あれって、なんで『振る』っていうの?」
「調べればいいじゃん」
 私がそう言うと、奈緒はむくれながら私の浴衣の袖を引っ張った。
「私のはガラケーだから動作がいちいちおっそいの!ねえ、悠、調べてよ!あんたのスマホだから、さくさくほーいで調べられるでしょ!?」
 何がさくさくほーい、なのかはわからないけれど、まあ確かに、傷だらけの奈緒のガラケーよりは早く調べられるだろう。
 しかし、高二にもなって『早く』とか『すぐに』とか使わずに『さくさくほーい』と言う彼女は、どうにかならないものだろうか。
 今更言っても仕方ないけれども。
 はいはい、と言いながら巾着を開けてスマホを取り出して手早く言葉を打ち込む。
『振る 意味』と打ち込んだのがまずかったのか、望む様な結果が出てこなかったので『恋愛』と付け加えて検索をすると、検索上位にそれらしき物が上がっていたので、そのサイトを開いてみた。
 そこに書かれていることは、自分の知らない事だった。
 なるほど、昔はそんな風にしていたのか。
「ねえねえ、わかった?」
 スマホを覗き込む奈緒の顔を鷲掴みにして押し戻す。
「そんな風に急かさなくても言うわよ。ええとね、昔はね、女の人が男の人からの告白に声で返事するのがみっともないって思われていたんだって」
「ふーん、なんか変なの」
「でね、声じゃなくて着物の袖を振って返事したんだって」
「どんな風に?」
「前後に振ると『嫌い』で左右に振ると『好き』なんだって。それが今に残ってるから、だってさ」
「ふーん」
 奈緒が視線を微かに星が光る夜空にあげ、それにつられるように私も上を向いた。
 盆踊りの音を人の声がかき消す道の真ん中で、歩みを止めた私達の横を、人々が行きかう。
 雑音が二人の間で揺れながら、色とりどりの光の中に溶けて、溢れて、また溶けた。
 ふと視線を横にずらすと、彼女が、微かに袖を左右に揺らしている。
 少しだけ見える彼女の頬が、赤くなっていた。
 私も、自分の浴衣の袖を左右に振る。
 微かに手が触れあって少ししてから、私は自分の顔が熱くなっていくのがわかった。けれども、それを冷やすことは出来ないとも思った。握られている方とは逆の手に握られたかき氷は、しばらく食べることができないから。
 だって、奈緒が私の手をゆっくりと握りしめてきたのだから。

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