第6話 殺せ
文字数 1,602文字
ご家老様は、私たちを呼び出した割には、じろっと蔑むような目を向けてくるだけ。
ご自分で用件を話す気もないようだった。私たちにはそれだけの価値もないということなんでしょう。
だからご家老様の意を受けて大きく咳払いをしたのは、林建部だったわ。
「まあ、こたびの件があって急浮上した案であるのだが……」
重々しく前置きをしておきながら、本題の方はさらりと述べた。別に身構えるようなこともなく、こんな話はどこにでも転がっているとでも言うように。
組頭はこういうのに慣れてるんでしょう。ぴくりとも動かずに話を聞いてるわ。
だけど、私の方は話について行けなかった。いや、半分ぐらいは分かるんだけど、内容が信じられなくて、ビクビクしながら人々を見回したわ。
でもご家老様が私を睨みつけてきた。私には、身じろぎすらも許さぬとでも言うように。
四角く、えらの張った独特の風貌が、私の脳裏に刻まれる。鋭利な刃物を思わせる目。そこには有無を言わせぬ迫力があって、私の全身に鳥肌が立つ。
建部の説明はあくまで遠回しな言い方だし、あくまで私じゃなくて組頭に説明していたわ。私自身は何も分からずとも良い、ということなのかもしれない。
だけど、大まかなところは理解できた。要するに私が命令されたのは、あのバカ面でお坊ちゃま育ちのお殿様を殺せってことよ。
「家督をされてから五年経ったが」
と、ご家老様が初めて口をはさんできた。
「あの傍若無人な態度には参ったものだ。現状を無視しておのれのやり方を推し進めようとなさる上、家臣の忠告には聞く耳を持たれぬ」
これも、私に向かって仰っているわけじゃない。あくまで独り言みたいな言い方だったわ。
「まだもう少し様子を見るつもりだが、残念ながらやはり阿波徳島藩主にふさわしいお方でないとなれば、まずはご隠居を勧めることになろう。そして場合によっては、お命を縮め参らせることも致し方なしというところじゃ」
「恐れながら……」
私の横で、組頭が遠慮がちに声を発した。組頭でさえ気が進まないのは、その声で分かったわ。
組頭も、これは軽い気持ちで引き受けられる仕事じゃないと思ったんでしょう。うっすらと脂汗を浮かべ、私を顎で指し示してる。
「この娘には忍び働きの経験がほとんどございませぬ。少々、荷が重いかと存じまする」
「ああ、それなら心配いらぬ。何も一人でやるわけではない」
ご家老様が目配せをする。建部は心得ていたらしく、音もなく立ち上がったわ。
間もなく、建部は一人の初老の女を伴って戻ってきた。
あ、伊賀者だ、とすぐにわかったわ。
同類だもの。匂いで分かる。このおばさん、顎に大きなほくろがあって、髪に白いものが混じってはいるけれど、他にはこれといって目立つ特徴のない女よ。それこそ、すれ違っても気づかないんじゃないかと思うほど。
相手の女にじろっとにらまれて、私はここでも委縮した。
目立たない、というのが忍びにとってどれほど重要かは言うまでもないわ。この人が有能だということはすぐに分かった。私はこの点がどうも駄目なんだけど。
「お前の仲間じゃ」
案の定というべきか、建部がはっきりと私に告げてきた。
「名はきせという。奥御殿に女中として入り込ませておる。弥左衛門には今さら紹介するまでもないが」
すかさずご家老様が、組頭に向かって顎を突き出すような仕草をしたわ。
「最初から、その娘に期待などしておらぬわ。しくじったら、この者が始末する」
きせという女が、私の全身を観察してるのが分かった。どの程度役に立つのか、見定めようとしてるんでしょうね。
だけど私は、凍った針に刺されるような気分よ。ただただ震えたわ。こんな吟味、早く終わってくれないかしら。
ご家老様は私の様子など気にも留めず、組頭に念を押していたわ。
「伊賀組が断ることは許されんぞ。すでにさんざん手を汚してきたのだ。今さら抜けられると思うな」
ご自分で用件を話す気もないようだった。私たちにはそれだけの価値もないということなんでしょう。
だからご家老様の意を受けて大きく咳払いをしたのは、林建部だったわ。
「まあ、こたびの件があって急浮上した案であるのだが……」
重々しく前置きをしておきながら、本題の方はさらりと述べた。別に身構えるようなこともなく、こんな話はどこにでも転がっているとでも言うように。
組頭はこういうのに慣れてるんでしょう。ぴくりとも動かずに話を聞いてるわ。
だけど、私の方は話について行けなかった。いや、半分ぐらいは分かるんだけど、内容が信じられなくて、ビクビクしながら人々を見回したわ。
でもご家老様が私を睨みつけてきた。私には、身じろぎすらも許さぬとでも言うように。
四角く、えらの張った独特の風貌が、私の脳裏に刻まれる。鋭利な刃物を思わせる目。そこには有無を言わせぬ迫力があって、私の全身に鳥肌が立つ。
建部の説明はあくまで遠回しな言い方だし、あくまで私じゃなくて組頭に説明していたわ。私自身は何も分からずとも良い、ということなのかもしれない。
だけど、大まかなところは理解できた。要するに私が命令されたのは、あのバカ面でお坊ちゃま育ちのお殿様を殺せってことよ。
「家督をされてから五年経ったが」
と、ご家老様が初めて口をはさんできた。
「あの傍若無人な態度には参ったものだ。現状を無視しておのれのやり方を推し進めようとなさる上、家臣の忠告には聞く耳を持たれぬ」
これも、私に向かって仰っているわけじゃない。あくまで独り言みたいな言い方だったわ。
「まだもう少し様子を見るつもりだが、残念ながらやはり阿波徳島藩主にふさわしいお方でないとなれば、まずはご隠居を勧めることになろう。そして場合によっては、お命を縮め参らせることも致し方なしというところじゃ」
「恐れながら……」
私の横で、組頭が遠慮がちに声を発した。組頭でさえ気が進まないのは、その声で分かったわ。
組頭も、これは軽い気持ちで引き受けられる仕事じゃないと思ったんでしょう。うっすらと脂汗を浮かべ、私を顎で指し示してる。
「この娘には忍び働きの経験がほとんどございませぬ。少々、荷が重いかと存じまする」
「ああ、それなら心配いらぬ。何も一人でやるわけではない」
ご家老様が目配せをする。建部は心得ていたらしく、音もなく立ち上がったわ。
間もなく、建部は一人の初老の女を伴って戻ってきた。
あ、伊賀者だ、とすぐにわかったわ。
同類だもの。匂いで分かる。このおばさん、顎に大きなほくろがあって、髪に白いものが混じってはいるけれど、他にはこれといって目立つ特徴のない女よ。それこそ、すれ違っても気づかないんじゃないかと思うほど。
相手の女にじろっとにらまれて、私はここでも委縮した。
目立たない、というのが忍びにとってどれほど重要かは言うまでもないわ。この人が有能だということはすぐに分かった。私はこの点がどうも駄目なんだけど。
「お前の仲間じゃ」
案の定というべきか、建部がはっきりと私に告げてきた。
「名はきせという。奥御殿に女中として入り込ませておる。弥左衛門には今さら紹介するまでもないが」
すかさずご家老様が、組頭に向かって顎を突き出すような仕草をしたわ。
「最初から、その娘に期待などしておらぬわ。しくじったら、この者が始末する」
きせという女が、私の全身を観察してるのが分かった。どの程度役に立つのか、見定めようとしてるんでしょうね。
だけど私は、凍った針に刺されるような気分よ。ただただ震えたわ。こんな吟味、早く終わってくれないかしら。
ご家老様は私の様子など気にも留めず、組頭に念を押していたわ。
「伊賀組が断ることは許されんぞ。すでにさんざん手を汚してきたのだ。今さら抜けられると思うな」