第15話 陥落
文字数 1,413文字
ちょっとだけ胸を突かれた。
このお殿様には、暗い影が感じられなかった。少々のことでは揺るがない力を感じる。しかもその自信は、この人の芯の部分ですっくりと威儀を正してる。
人間って、こうでなくちゃならないんじゃないかしらと思った。
私は優しさとか希望なんて人から教えられたことはないけど、それでも本能で感じることはできる。この人からは太陽の匂いがするわ。日のあたる道で、周囲から目いっぱい愛情を注がれ、素直に育った人ってこうなのかもしれない。
強烈に惹かれたわ。私だってできれば闇でなく、お日さまに顔を向けて生きていきたい。そこから幸せを分けてもらいたい。
そんな私の思いとは別に、お殿様はさて、とさっぱりした顔を上げた。
「わしは、おのれの秘密を話したぞ。次はお楽の番じゃ」
ええっ。
私は無言で目を見開いた。今度は何を言い出すの、この人?
もちろんお殿様は私の動揺など意に介さない。からかうように顎をしゃくってきたわ。
「お楽も人には言えぬものを持っておろう。それを話せ」
私の胸の鼓動が急に早くなった。
秘密。他人には言えぬもの。もちろんあるわよ。どうしようもないほど、背負ってるわよ。でもあなたにそれを言えるわけがないじゃない!
あんまりだわ、と思う。この無邪気さが許せない気がしたわ。
あるいは事情を全て知った上で、お殿様は私自身の口から言わせるつもりなのかしら?
いいえ、そんなはずはない、と私はこっそり首を振る。目の前のお殿様は少しも私に疑いの目を向けてはいないもの。嫌味とかじゃなくて、この人は本当に何も知らないのよ。
だからこそ、嘘をついてはならないという気がした。
自分でも捉えどころのない感覚だけど、それでも直感的に決めたと言っていいかもしれない。私は誰に対して心を開くべきか。誰を信じて生きていくべきか。
ああ、何という違いかしら。これまで私、男の人から優しい言葉を掛けられたことはあるけど、それって明らかに私の体が目当てだったわ。私のことを本当に知ろうとしてくれる人なんて、一人もいなかったわ。
沈黙が続いてしまったものだから、お殿様は少し狼狽をお見せになった。
「……いや、話したくないなら話さんでよいぞ」
私が楽しめないなら、この会話は打ち切りにしようと思ってくれたんでしょう。けれど、そんなお殿様の整ったお顔が、私の視界の中でみるみる滲んでいく。
「お、おい。どうした、お楽。わしは何かまずいことを申したか」
お殿様が私の肩にそっと手を置いてきて、とうとう涙は流れ落ちた。
ちょっと考えてみれば、明らかだった。
この人、死んだ父の仇なんかじゃない。あんな話、どうせ作り話でしょうよ。私を傀儡のように操るため、きせは噓八百を並べたのよ。
本当の仇は、あっち側にいる。
私は確かに、人殺しを何とも思わないような集団にずっと身を置いてきたわ。それでも、健全な人とそうでない人とを区別する嗅覚だけは身に着けたんだと思う。私が従うべきなのは伊賀組の掟でも、山田織部でもない。このお殿様よ。
陥落させられたのは、私の方だった。
権力闘争に余念がなく、忍びの者など使い捨てにする人々を思い浮かべる。果たしてああいう人たちに、身を挺して仕える価値があるかしら?
「……お殿様。どうぞ、わたくしをお手討ちになさってください」
泣きながら、震える声でやっとそう言った。
私は後ずさり、がばりと主君に向かってひれ伏したわ。
このお殿様には、暗い影が感じられなかった。少々のことでは揺るがない力を感じる。しかもその自信は、この人の芯の部分ですっくりと威儀を正してる。
人間って、こうでなくちゃならないんじゃないかしらと思った。
私は優しさとか希望なんて人から教えられたことはないけど、それでも本能で感じることはできる。この人からは太陽の匂いがするわ。日のあたる道で、周囲から目いっぱい愛情を注がれ、素直に育った人ってこうなのかもしれない。
強烈に惹かれたわ。私だってできれば闇でなく、お日さまに顔を向けて生きていきたい。そこから幸せを分けてもらいたい。
そんな私の思いとは別に、お殿様はさて、とさっぱりした顔を上げた。
「わしは、おのれの秘密を話したぞ。次はお楽の番じゃ」
ええっ。
私は無言で目を見開いた。今度は何を言い出すの、この人?
もちろんお殿様は私の動揺など意に介さない。からかうように顎をしゃくってきたわ。
「お楽も人には言えぬものを持っておろう。それを話せ」
私の胸の鼓動が急に早くなった。
秘密。他人には言えぬもの。もちろんあるわよ。どうしようもないほど、背負ってるわよ。でもあなたにそれを言えるわけがないじゃない!
あんまりだわ、と思う。この無邪気さが許せない気がしたわ。
あるいは事情を全て知った上で、お殿様は私自身の口から言わせるつもりなのかしら?
いいえ、そんなはずはない、と私はこっそり首を振る。目の前のお殿様は少しも私に疑いの目を向けてはいないもの。嫌味とかじゃなくて、この人は本当に何も知らないのよ。
だからこそ、嘘をついてはならないという気がした。
自分でも捉えどころのない感覚だけど、それでも直感的に決めたと言っていいかもしれない。私は誰に対して心を開くべきか。誰を信じて生きていくべきか。
ああ、何という違いかしら。これまで私、男の人から優しい言葉を掛けられたことはあるけど、それって明らかに私の体が目当てだったわ。私のことを本当に知ろうとしてくれる人なんて、一人もいなかったわ。
沈黙が続いてしまったものだから、お殿様は少し狼狽をお見せになった。
「……いや、話したくないなら話さんでよいぞ」
私が楽しめないなら、この会話は打ち切りにしようと思ってくれたんでしょう。けれど、そんなお殿様の整ったお顔が、私の視界の中でみるみる滲んでいく。
「お、おい。どうした、お楽。わしは何かまずいことを申したか」
お殿様が私の肩にそっと手を置いてきて、とうとう涙は流れ落ちた。
ちょっと考えてみれば、明らかだった。
この人、死んだ父の仇なんかじゃない。あんな話、どうせ作り話でしょうよ。私を傀儡のように操るため、きせは噓八百を並べたのよ。
本当の仇は、あっち側にいる。
私は確かに、人殺しを何とも思わないような集団にずっと身を置いてきたわ。それでも、健全な人とそうでない人とを区別する嗅覚だけは身に着けたんだと思う。私が従うべきなのは伊賀組の掟でも、山田織部でもない。このお殿様よ。
陥落させられたのは、私の方だった。
権力闘争に余念がなく、忍びの者など使い捨てにする人々を思い浮かべる。果たしてああいう人たちに、身を挺して仕える価値があるかしら?
「……お殿様。どうぞ、わたくしをお手討ちになさってください」
泣きながら、震える声でやっとそう言った。
私は後ずさり、がばりと主君に向かってひれ伏したわ。