第31話 宣戦布告
文字数 1,431文字
どん、どんという音が、徳島のご城下に響きわたる。
家中一斉登城を告げる太鼓の音だ。
おれはお楽のほっそりした手を取り、目を閉じて自分の額に当てた。
「力をくれ、お楽。戦をして参る」
念じてから、振り切るように立ち上がる。
表御殿に入る時には、もう決死の覚悟を決めていた。
太刀を捧げ持つ小姓とともに、おれは上段の間に続く廊下に立つ。
「殿の、おな~り~」
奏者番 の朗々とした声が響き、おれはようやく中に入る。
家中の背中がずらり並んでいて、毎度のことながら壮観だった。
自分にひれ伏すその人数の多さに、おれは改めて感じ入る。身じろぎもせずにひれ伏して待つ家臣団はしかし、座る位置が家格別にきっちり定められているのだった。
おれと同じ上段の間にいて良いのは、蜂須賀家では「座席衆 」と呼ばれる家老たちだ。その席順も、家柄と年齢によって厳密に定められている。
今日は病気欠席の長谷川越前を除いた4人が出席しているが、それぞれが巨悪の領袖 と言って良いほどだった。最大の敵が、最もおれに近い位置に座る大柄な男、山田織部だ。
敷居をまたいだ向こうは中段の間で、中老の席がそこに定められている。近習 、林建部 もここに入る。この階級は現在36名おり、全員が一つの部屋に押し込められているから、前の者の尻が目の前にあるような状況だろう。
それ以下の物頭 、および一部の平士 はさらに向こうの下段の間にいる。ここからは顔も判別できないほど遠い人々であるが、彼らはそれでもお目見得を許された、一握りの特権階級だ。
目付役はちょっと特別で、警固 のために横の廊下に控えている。佐山市十郎はうつむき加減にしていたが、一瞬だけおれと目を合わせた。
差し当たって、一番近くにいるのが最大の敵だってことが、皮肉なものだと思う。再び大きく息を吸った奏者番を目で制して黙らせ、おれは自ら声を張り上げた。
「挨拶は抜きじゃ。今日はまず、皆に聞いてもらいたいことがある」
えっという家臣一同の戸惑い。
この藩主は一体何をやらかすのか。もちろん今日何かがあることは彼らも予感していただろうが、それでもこの評定がどこへ向かっていくのか見えないのだろう。
おれは構わず、小姓の佐助を指し示した。
「これは、わしの元へ来た意見書の一つである。聞いてくれ」
打ち合わせ通りだ。おれは腰を下ろし、代わって佐助に山田諫書を読み上げさせた。
まだ十代半ばの佐助の声はよく通ったが、明らかにおれの悪口となっている部分ではさすがに声が震えている。
読み進めるうち、聞いている家臣一同の中から自然とざわつきが生まれた。やはり多くの者が内容に反感を覚えたのだろう。
書いた本人の山田織部はといえば、目をつぶったままじっと聞いている。
一通り読み終えたところで、おれは織部を睨みつけた。
「山田。これはそのほうの書いた物に相違ないな?」
織部はやっと目を開けたと思ったら、主君のこのおれに向かって仏頂面を向けてきやがった。
「いかにも。それがしの書いた物にござる。何か反論でも?」
けっ。何て奴だ。
自分が強い口調で言えば、誰も言い返せないと思っているらしい。
いや、おれだって、いつもここで弱気になって、びくびくと引き下がっていた。それがいけないんだ。阿波の国を変えるんだから、まずこのおれが変わらなくてはな。
だから今日はぐっとこらえて、おれは織部を見返した。
「ああ、あるね。わしの思うところが」
お、という感じで織部はわずかに口を開けた。
家中一斉登城を告げる太鼓の音だ。
おれはお楽のほっそりした手を取り、目を閉じて自分の額に当てた。
「力をくれ、お楽。戦をして参る」
念じてから、振り切るように立ち上がる。
表御殿に入る時には、もう決死の覚悟を決めていた。
太刀を捧げ持つ小姓とともに、おれは上段の間に続く廊下に立つ。
「殿の、おな~り~」
家中の背中がずらり並んでいて、毎度のことながら壮観だった。
自分にひれ伏すその人数の多さに、おれは改めて感じ入る。身じろぎもせずにひれ伏して待つ家臣団はしかし、座る位置が家格別にきっちり定められているのだった。
おれと同じ上段の間にいて良いのは、蜂須賀家では「
今日は病気欠席の長谷川越前を除いた4人が出席しているが、それぞれが巨悪の
敷居をまたいだ向こうは中段の間で、中老の席がそこに定められている。
それ以下の
目付役はちょっと特別で、
差し当たって、一番近くにいるのが最大の敵だってことが、皮肉なものだと思う。再び大きく息を吸った奏者番を目で制して黙らせ、おれは自ら声を張り上げた。
「挨拶は抜きじゃ。今日はまず、皆に聞いてもらいたいことがある」
えっという家臣一同の戸惑い。
この藩主は一体何をやらかすのか。もちろん今日何かがあることは彼らも予感していただろうが、それでもこの評定がどこへ向かっていくのか見えないのだろう。
おれは構わず、小姓の佐助を指し示した。
「これは、わしの元へ来た意見書の一つである。聞いてくれ」
打ち合わせ通りだ。おれは腰を下ろし、代わって佐助に山田諫書を読み上げさせた。
まだ十代半ばの佐助の声はよく通ったが、明らかにおれの悪口となっている部分ではさすがに声が震えている。
読み進めるうち、聞いている家臣一同の中から自然とざわつきが生まれた。やはり多くの者が内容に反感を覚えたのだろう。
書いた本人の山田織部はといえば、目をつぶったままじっと聞いている。
一通り読み終えたところで、おれは織部を睨みつけた。
「山田。これはそのほうの書いた物に相違ないな?」
織部はやっと目を開けたと思ったら、主君のこのおれに向かって仏頂面を向けてきやがった。
「いかにも。それがしの書いた物にござる。何か反論でも?」
けっ。何て奴だ。
自分が強い口調で言えば、誰も言い返せないと思っているらしい。
いや、おれだって、いつもここで弱気になって、びくびくと引き下がっていた。それがいけないんだ。阿波の国を変えるんだから、まずこのおれが変わらなくてはな。
だから今日はぐっとこらえて、おれは織部を見返した。
「ああ、あるね。わしの思うところが」
お、という感じで織部はわずかに口を開けた。