第22話 ぞめき踊り
文字数 1,526文字
いつしか夏が終わりに近づいてる。
お盆の時期、徳島のご城下はすさまじい熱気に包まれる。
この土地では昔から、ご先祖の霊をまつる精霊 踊りっていうのが行われてきたんだけど、最近それがずいぶんと大きく華やかになってるの。
当日は、家中も町人も着飾って市中に出かけるのよ。寺社に集まったり、あるいは自宅で宴会を開いたりして、ぞめき(騒ぎ)踊りを楽しむの。
とはいえ、お城から出られないお殿様と私には関係のない話。いつものようにご寝所に入り浸って、ずうっと抱き合ってたわ。
二人とも汗だくになって、お互いの体に唇を這わせてたけど、興奮の絶頂にありながら私にはちょっぴり寂しさが兆してた。お殿様があまり集中してくれてない。そのお心が時々私から離れて、ふっと遠くへ行ってしまうような気がしたの。
「……あの三味線の音、耳障りだな」
終わった後、お殿様がぽつりとおっしゃった。
そうなのよ。どこからか、夜風に乗ってかすかな音が流れてきてる。
「閉めますか?」
お殿様の胸にぴったりと顔をつけていた私は、ふと顔を上げた。風を入れるために戸を開けっぱなしにしておいたんだけど、お殿様が外の音を聞きたくないということなら、やっぱり閉めなくちゃ。
「蒸し暑くなってしまいますが、ご辛抱を」
言いながら、交わりの最中は閉めておけば良かったと思った。私たちの声も、外へ駄々洩れだったでしょうし。
「いや、いい」
お殿様は気が変わったのか、行きかけた私を再び抱き寄せた。
「みんなが楽しそうにしているのがさ、なーんかムカつくんだよ。こっちは遊びになど行けんのだから」
何だか子供みたいな言い方ね。けだるそうに自分の腕を枕にしてるお殿様を見上げ、私は小さく噴き出しちゃった。
「殿は、遊びに行きたいのでございますね」
子供扱いされたように感じたんでしょう。お殿様はぷいと顔を背けたわ。
「もはやどうでもいいんだ。行きたいと申しても、どうせ許されまい」
それでも身を起こし、お殿様はやっぱりぶつぶつと不平を漏らされた。
「初めて国入りしたときに、近習の奴らに所望したんだ。名高い阿波の盆踊りを一度見物したいものだって」
ところがその時、彼らは問答無用とばかりに断ってきたそうよ。興奮した群衆の中に殿が入られるとはもってのほか。警護しきれませぬ、とか何とか言って。
私もそっと起き上がり、襦袢を羽織った。
「それは残念でしたこと」
「ああ。がっかりだよ。せっかく阿波の国に来たのにさ」
だけどお殿様があんまり落胆したものだから、一応は彼らも知恵を絞ったらしいわ。
それである時、神社の境内に藩主専用の桟敷席が造られた。お殿様は護衛に囲まれたまま、はるか高い席から民衆の踊りを見下ろしたそうよ。ところが、
「もう、話にもならん」
お殿様はまだ不平を続けた。
「あんなに遠くては全然分からぬ。それに百姓どもは無理やり引き出されて、明らかに嫌々ながら踊ってた。何なんだよ、あれは」
私はクスクスと肩を揺らし、お殿様の方はちっと舌打ちしたわ。
「祭とは、見るもんじゃねえ。自分がそこに入って、踊って、肌で感じねばな。それが無理なら行ったって面白くはねえさ」
またおかしなことを言う人だなって思ったわ。
「まるで、おん自ら踊られたことがあるような口ぶりですこと」
「いや、お楽。嘘じゃねえぞ。わしとて踊ったことぐらいある」
お殿様は急に得意そうな顔をすると、すっと背筋を伸ばした。
「日枝神社の山王祭。江戸では町人に交じって神輿を担いでたんだぜ? あれは楽しかったな」
首を振って笑うお殿様を見て、私はがん、と頭を殴られたような気がした。
今、徳島は江戸ほど楽しくないって言われた。
私自身が江戸に負けたような気がしたの。
お盆の時期、徳島のご城下はすさまじい熱気に包まれる。
この土地では昔から、ご先祖の霊をまつる
当日は、家中も町人も着飾って市中に出かけるのよ。寺社に集まったり、あるいは自宅で宴会を開いたりして、ぞめき(騒ぎ)踊りを楽しむの。
とはいえ、お城から出られないお殿様と私には関係のない話。いつものようにご寝所に入り浸って、ずうっと抱き合ってたわ。
二人とも汗だくになって、お互いの体に唇を這わせてたけど、興奮の絶頂にありながら私にはちょっぴり寂しさが兆してた。お殿様があまり集中してくれてない。そのお心が時々私から離れて、ふっと遠くへ行ってしまうような気がしたの。
「……あの三味線の音、耳障りだな」
終わった後、お殿様がぽつりとおっしゃった。
そうなのよ。どこからか、夜風に乗ってかすかな音が流れてきてる。
「閉めますか?」
お殿様の胸にぴったりと顔をつけていた私は、ふと顔を上げた。風を入れるために戸を開けっぱなしにしておいたんだけど、お殿様が外の音を聞きたくないということなら、やっぱり閉めなくちゃ。
「蒸し暑くなってしまいますが、ご辛抱を」
言いながら、交わりの最中は閉めておけば良かったと思った。私たちの声も、外へ駄々洩れだったでしょうし。
「いや、いい」
お殿様は気が変わったのか、行きかけた私を再び抱き寄せた。
「みんなが楽しそうにしているのがさ、なーんかムカつくんだよ。こっちは遊びになど行けんのだから」
何だか子供みたいな言い方ね。けだるそうに自分の腕を枕にしてるお殿様を見上げ、私は小さく噴き出しちゃった。
「殿は、遊びに行きたいのでございますね」
子供扱いされたように感じたんでしょう。お殿様はぷいと顔を背けたわ。
「もはやどうでもいいんだ。行きたいと申しても、どうせ許されまい」
それでも身を起こし、お殿様はやっぱりぶつぶつと不平を漏らされた。
「初めて国入りしたときに、近習の奴らに所望したんだ。名高い阿波の盆踊りを一度見物したいものだって」
ところがその時、彼らは問答無用とばかりに断ってきたそうよ。興奮した群衆の中に殿が入られるとはもってのほか。警護しきれませぬ、とか何とか言って。
私もそっと起き上がり、襦袢を羽織った。
「それは残念でしたこと」
「ああ。がっかりだよ。せっかく阿波の国に来たのにさ」
だけどお殿様があんまり落胆したものだから、一応は彼らも知恵を絞ったらしいわ。
それである時、神社の境内に藩主専用の桟敷席が造られた。お殿様は護衛に囲まれたまま、はるか高い席から民衆の踊りを見下ろしたそうよ。ところが、
「もう、話にもならん」
お殿様はまだ不平を続けた。
「あんなに遠くては全然分からぬ。それに百姓どもは無理やり引き出されて、明らかに嫌々ながら踊ってた。何なんだよ、あれは」
私はクスクスと肩を揺らし、お殿様の方はちっと舌打ちしたわ。
「祭とは、見るもんじゃねえ。自分がそこに入って、踊って、肌で感じねばな。それが無理なら行ったって面白くはねえさ」
またおかしなことを言う人だなって思ったわ。
「まるで、おん自ら踊られたことがあるような口ぶりですこと」
「いや、お楽。嘘じゃねえぞ。わしとて踊ったことぐらいある」
お殿様は急に得意そうな顔をすると、すっと背筋を伸ばした。
「日枝神社の山王祭。江戸では町人に交じって神輿を担いでたんだぜ? あれは楽しかったな」
首を振って笑うお殿様を見て、私はがん、と頭を殴られたような気がした。
今、徳島は江戸ほど楽しくないって言われた。
私自身が江戸に負けたような気がしたの。