私を月に連れてって (10)
文字数 857文字
って知ってる?」
「知らない」
クリストフはいま、別のことに気をとられている。
ちょっとのどが渇いたのだけど、
(さっきの缶紅茶、飲んでいいかな)
「舞え舞え かたつむり
まことに美しく舞うたらば
花の園まで遊ばせん~」
(波多野さんの足首冷やした缶紅茶なんだけど……)
(飲んでいいかなあ)
(変態だと思われないかな)
そんなことで悩むのが変態だろうという話だが、本人は真剣だ。
「舞わぬものならば
馬の子や牛の子に蹴させてん
踏み
「なにそれ」
「あはは、おかしいよね」
小鳥のように笑っている。
「ねえねえ、のど渇かない? さっきの缶紅茶ある?」
一瞬、心臓がはね上がったクリストフだったが、さいわい背中の彼女には伝わらなかったようだ。
背中から下ろして缶紅茶を渡すと、
「ぬるくなっちゃってるね」
アリアはにこにこして、それからもじもじしている。「もう一本買えばよかったね」と言う。
「うん」
「あの、あたし、先に飲んでいい?」
先に、ということは、
後で、おれも飲んでいいの?
声に出したつもりはなかったのに、彼女はいそいで言った。
「ごめんなさい。佐藤くん先に飲んで」
「いいよ」
「でものど渇いてない? 佐藤くんのほうが、ずっとおんぶしてくれて」
「ううん」
「じゃああたし先にひとくちもらって、あとあげる……、の、やっぱり失礼だよねごめんなさい」
「ううん、いいから飲んじゃって」
「怒った?」
「怒ってない」
「怒ってない?」
何をしているのだこの二人は。
(やばい。顔が)
こんなことで赤くなってどうするおれ!と思っても、こういうものは止められない。
(やばすぎ)
至近距離すぎて隠れることもできない。
(だから別に、ふつうだと思えば。間接キスだとかそうゆうこと考えなければいいだけで。ふつうにしてれぱ、ふつうに)
気まずい沈黙を、おそるおそる破ったのは、アリアのほうだった。
「あのね……、
あのね」
「訊いていいか、わかんないけど」
「佐藤くんって、ゲイ、なの?」
※
「舞え舞え蝸牛……」『梁塵秘抄』第四〇八番