見つめていたい (9)
文字数 1,582文字
それとは別に、カウンターに豪華な果物籠が飾られていて、「お中元」とジェニファーが言う。
「誰から」
「いつものかたよ」
さりげなく言って、若者たちにわからないように手まねきしている。
カウンターの後ろでカードを見せられた。果物籠に添えられてきたものだ。
送り主の名を見て、息をのむ。
〈藤原
とっさにクロードをふりかえるが、何も気づいていないらしく、仲間たちと談笑している。ジェニファーが首を振る。本人には言っていないという意味だ。
「いつものも来たわ。でも朝廷当てではなくて、直接あなたに」
「いつもの」
砂金、とジェニファーの唇が動いている。
よろしく頼むということにはまちがいない。だが、当分あずかってくれということなのか? それとも無事に奥州へ送りとどけてくれと?
カードには、時候の挨拶以外、何も書かれていない。
受け取ってしまったら責任が生じる。自分の気持ち――手もとに置いておきたいかどうかではなく、彼の身の安全を最優先する責任だ。だが突き返すわけにもいかない。受け取るしかない。
どうする。
こういう判断はあまり得意ではないな、とローレンスはため息をつく。
自分のやりたいことはつねにはっきりしていて、それをつらぬく意志も行動力もある。しかし「やらなければならないこと」となると、あまりに周囲の者どもの事情が複雑にからみあっていて面倒くさい。誰か代わりに考えてくれないかなあ、などと思ってしまう。
ようするにわがままで無責任なのだ。
なのだが、本人にとってはこれがデフォルトなので、とくに反省の色はない。
とりあえず困惑を隠して、ソファのところへ戻る。
「何か飲む?」と訊くと、皆いっせいに「いえ」と言う。
「部屋を用意させるけど、どういう部屋割りがいい?」と訊くと、さらにあわてて手を振っている。フロリアンとミランダがちょっと赤面しているのが可愛らしい。
「泊まっていかないの? いくらでもいてくれていいのに」
「そんな、とんでもない」とベンジャミンが口を開く。「ご挨拶に寄っただけです。それと――」
「それと?」
四人ともうつむいて黙っている。
われながら大人げないな、とローレンスは苦笑する。こんな子どもたちをからかってどうするのだ。
思いきったように顔を上げたのは、クロードだった。
「最後にひと目、会わせてください。彼女に」
目に涙をいっぱいためている。
負けた、と思うのは、今日これで何度めだろう。
まあ、この顔に勝てる大人がいたら教えてほしい。
(ずるい)
と思いながら、一瞬でめろめろになる自分を抑えられないローレンスだ。
「わかったよ。連れていきたいんだね」と言うと、わっと歓声が上がった。
「だけど彼女はわたしのところにいたほうが安全だよ? きみたちも」
「これ以上ご迷惑をかけるわけにいきませんから」とベンジャミン。
「そんなに信用ないかな、わたしは」
「そんなことは」
正直な子たちだ、と思わずくすくす笑ってしまう。
(まあ信用されなくて当然だな。わたしも自分で自分が信用できない)
おいおい。
ジェニファーが隣の間に水晶玉を取りに行っているあいだ、ローレンスは水差しから氷水を注いで飲んだ。スライスして加えてあるライムの香りがのどに心地よい。
「いる?」と言って水差しごと与えると、若者たちは喜んで分けあっている。
微笑ましく見守りつつ、自分の生涯にはこういう瞬間は──気の合う仲間たちとわいわいじゃれあう瞬間などは、一度もなかったな、と、しみじみ思う帝王だ。