見つめていたい (10)

文字数 1,204文字

 わいわい無邪気にじゃれあっているように見えても、そのじつ四人は緊張を解いていなかった。
 とくにミランダは。
 女の子だけに男子より、この大人の男(ローレンス)が発散している、隠しきれない体熱に敏感だ。
(こんな人のところに(アリア)を置いておくなんて危なすぎる)

 いまは優しい保護者としてふるまってくれているからいいようなものの、いつ気が変わるかわからない。

 それに、ミランダにはどうしても引っかかっていることがあった。
 バルタザールのことだ。
 前章でローレンスと語らっていたはずの彼は、「あなたの庭では遊ばない (7)」を最後にストーリーラインから消えている。
 言い訳になるけど作者だって忘れてたわけではない。あんまり書くことが多すぎて順番が後回しになってるだけなんである。バル兄ごめん。ほんとごめん。

 じつは数刻前、ローレンスが大会議場に向かう前に、ミランダはおずおずとバルタザールについて尋ねてみた。ローレンスは驚いて目を見はり、「ふつうに元気に帰っていったよ。何かあったの?」と訊き返してきた。嘘をついているとは思えない。
 思えないが、その後、アリアとクリストフの無事をLINEで知らせてくれたきり、バルタザールが消息を絶っているのも事実なのだ。

(スマホが壊れたとかならいいんだけど)
 作者の友人S(♂)もあるとき音信不通になって心配していたら、パパ友のワゴン車に同乗させてもらったときにスマホ置き忘れてきた、ごめんごめん、なんていうのんきな事件があった。事件じゃないですね。なんの事件性もないです。すみません。
 バルタザールの性格からして同じようなことをやりそうな気もするが……、
 そうではなかったとしたら。何か、あったのだとしたら。
(たとえこの人(ローレンス)のせいじゃなくても、やっぱりかかわると危険だってことよね)

 アリアに会えたら、問答無用で故郷へ連れて帰ろうと決めているミランダだ。クロードの逃避行に同行などさせない。何がどうあってもさせない。気の毒だがそこは両者に泣いてもらう。
 ミランダ自身だってフロリアンと別れるのは身を切られるより辛い。だが、しかたない。こうなると知っていてうっかり恋に落ちた自分が悪い。
 彼もわかってくれるはずだ。
 昨夜、もう話してある。

 だからさっきから笑いあっているふりをしながら、お互い、目が合わせられない。

 アリア本人とクロードにはどう切り出そう、というミランダの思考は、隣室から戻ってきたジェニファーの声でさえぎられた。
「あなた」
 明らかに動転している。
 黒い漆塗りの盆に載せられた水晶玉には、紫の袱紗がかけられたままだが、その布を透かしてさえ、異変が見てとれる。

 ひびが。

 さっと部屋の空気が凍りついた。
 ローレンスが袱紗をはぎとると、あらわれた珠には縦横無尽にひびが入っていた。しかも表面は無傷のままだ。内部のみに亀裂が走り、さながら流氷の結晶か、銀河のようになっている。
 こんな感じ。


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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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