うちへおいでよ (7)

文字数 1,573文字

「取り引きなどと、めっそうもない」何かがふっきれたように晴ればれと言うアントワーヌだ。「こちらに他意のないことさえわかっていただければ。
 かつて弘法大師さまが請雨(しょうう)にご成功なさって以来、われら真言宗門徒は雨乞い・雨止みの祈りを国と民のためにとりおこなってきました。
 お二人そろってわれらが醍醐寺にお越しくださり、お力をお貸しいただけたら、これにまさる喜びはありません。
 ささ、どうぞ。
 門内には女性に人気のフレンチカフェ、スゥ・ル・スリジェ(桜の樹の下で)もございますよ」

「フレンチカフェ?」
 目を輝かせたアリアが、ミランダにぺしっとはたかれている。
 しかしフレンチカフェは実在するのだ。なんとIKEAの「良いものを長く」というコンセプトと、醍醐寺の「生かされてこそ文化財」の理念の出会いにより、イケア・ジャパン株式会社の協力を得てリニューアルオープンした憩いの場、だそうだ(醍醐寺公式ホームページより)。
 特製ガトーショコラ、「醍醐寺の石畳」。マカロンと抹茶ソフトクリーム添え、770円(税込)。
 なんだそれは。お洒落すぎるじゃないか。
 アリアでなくても目がハートになってしまうぞ。

「高野山にあるの?」すでにキラキラモードで、無邪気に尋ねるアリアだ。
「いえ、高野山ではなく」かるくせきばらいするアントワーヌ。「高野山金剛峰寺(こんごうぶじ)が真言宗の総本山で、われわれは後発にはなりますが……、請雨にかんしてはうちが本家本元というか」
「弘法大師が初めて請雨をおこなったのは、神泉苑という霊場だと聞いたけど」ミランダもふと思いついて訊いてみる。
「ええ、そうなのですが、その後うちも参入させていただいてですね……」
 なんかごにょごにょ言っている。

 ちなみに、神泉苑で後白河院主宰の雨乞いの儀式があったとき、百人目に舞ったのが静御前。彼女を待っていたかのように雨が降り出した。
 その姿を見初めたのが義経で……
 と、レジェンドでは言われている。
 その後、徳川家康がオラオラと二条城をぶっ建てたときに、神泉苑の敷地はかなり踏みつぶされて小さくなってしまった。霊水も二条城の敷地内に取りこまれてしまったそうだ。なんだそれは。乱暴じゃないか。

「えーと」
 遠慮がちにセバスチャンが切り出した。
「盛り上がってるところすいません。たしかに全成さまに比べたら、わたしは格下の未熟者で……、だけどわたしも、手ぶらで横川に帰るわけにはいかないんです。
 天台宗の叡山も雨乞いにかけてはプロフェッショナルでして、その名にかけても」
「そうなの?」とアリア。
「もちろん」
「比叡山ということは」とミランダ。「後白河院とのコネクションが強いわけね」
「いえ、院がひいきにしておられるのは園城寺(おんじょうじ)で」とセバスチャン。「われわれ延暦寺とはまあ、競合というか同業他社というか……」
 やはりごにょごにょ言っている。そうなのだ。同じ比叡山なのに延暦寺と園城寺(三井寺)でお互いに焼き討ちしあったりなんかしちゃってるのである。なんだそれは。これまた乱暴がすぎるじゃないか。
 アリアとミランダでなくても大混乱してしまうぞ。

「とにかく」アントワーヌとセバスチャンは声をそろえて、手をグーにした。
「南都のやつらには負けられません! どうしても!」
 南都とは興福寺を中心とする奈良の寺社勢力。京都の天台・真言の二大密教系とはまた違う、さらに古い国家仏教の系統だ。
 はっきり言って、

(わけわかめ)

 という五文字がアリアとミランダの頭上に浮かんでいたのも無理はない。

 お寺みんなで協力はできないのか。とにかく、雨が降りすぎたり降らなすぎたりして困っている人たちを助けるのを最優先にして、一致団結するとかできないのか。できないんだろうなあ。
 ここでも男たちの、それぞれのプライドをかけた必死のバトルがくりひろげられていたんである。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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