私を月に連れてって (7)

文字数 1,720文字

「ぼくも残念です」
 ロバートのひきしまった口調には、腹を決めた人間のすがすがしさがある。
「ぼくは鎌倉殿と九郎殿がお二人で、おたがいを補い合って、いままでにない組織を作ってくださることを楽しみにしていました。
 リーダーは二人いらないとみんな言うけど、本当でしょうか。
 それ、決めつけじゃないですか?
 やってみなければわからないじゃないですか。
 共同統治なんて、世界史にいくつも例があります。げんに源平合戦のあいだは、鎌倉殿と九郎殿の役割分担はうまく機能していた。
 ダブルリーダー。もう一つの、あり得たかもしれない日本史、ぼくは、見てみたかったな」

「おれがその器じゃなかったんだよ」クロードがうつむいている。「鎌倉殿の期待にこたえられなかった。戦場(いくさば)でしか、役に立たなくて」
「それも決めつけじゃないでしょうか。九郎殿、壇ノ浦のあと、そもそも活躍の場をまったく与えられてないですよね。実力があるかないか、知りようがないじゃないですか」

「みんな言います。鎌倉殿は人を信じなかった。九郎殿は戦場でしか役に立たなかった。
 お二人にじっさい会ったこともないくせに、そうやって決めつけて、得意になってる人たちに訊きたいですよ。
 だったらどうして、そんなつまらないお二人に、
 ぼくらは大挙してついていったんでしょうね?
 どうやってお二人は、何万、何十万という人間を動かせたんでしょうね。
 ぼくらはゲームのコマじゃない。馬鹿にしないでほしい。〈その他大勢〉にも心はあるんです。誰も動かないですよ、お二人に、カリスマがなければ。
 とほうもない魅力がなければ」

「九郎殿?」
「ごめん。おれ……ちょ……やばい。泣く」
 ベンジャミンがティッシュの箱をさし出し、クロードがはなをかむ間、会話はしばし中断した。

「とにかく、お逃げください」静かに立ちあがるロバートだ。「ご無事を祈ります」
「ありがとう、ボブ。おまえにはまた連絡していい?」
「もちろん。そう言ったじゃないですか」
「だけど人に知れたら、おまえにも迷惑が」
「知られませんよ」にこにこしている。「もちろん命がけですけど、命がけもひさしぶりなんで、なんか燃えます」
「だな。おれもだ」
「でしょう?」

 クロードも、笑っている。

「さっきは一瞬死のうかと思ったけど」と言う。「気の迷いだった。まじで燃えてきた。
 かならず逃げきって、かつ静を助け出す」
「そうでした」とロバート。「アリアさんのこと、ぼくも心配です。お力になりたいです。ぜひ、ならせてください」
「頼んだ」またハイタッチしている。「おれ本当、頼れる人いないから。
 いまさら誰にも頼れない。ゴッシーにも。藤原のおやじさんにも」
「藤原の」ひさしぶりに名を聞いて、ベンジャミンもはっとする。摂関家ではない。奥州藤原氏の当主、秀衡(ひでひら)公だ。「おやじさんにも頼れませんか」
「あの人には、おれが鎌倉殿のもとへ参じたいと言ったとき、さんざん引きとめられた」うつむいて苦笑するクロード。「わかってたんだな、こうなることを。
 それでも三郎四郎をつけてくれて、援助もしてくれた。会わせる顔がない」
 意外に律儀なところがあるのだ。

「ありがとうボブ。本当おまえのおかげ。おれ、追いこまれてからが本領発揮の男だって自分で忘れてた」
 破顔一笑。
 思わずつりこまれて笑ってしまうロバートとベンジャミンなのだった。
(立ち直りはやー)

「ボブー」
「あーはい、ハグですね。はいはい」
「もう帰るの」
「そろそろ。じゃないとやばいです」
「何が」
「北条さんが気づく頃だと思うんですよね。とっくに気づかれてるか、はは」
「あいつクソだな」
「そういうこと言わないで」
「また遊ぼうねー」
「はいはい。わかりました。わかりましたけど無意味に首しめるのやめてね」
「なんで」
「なんでって、痛いから」
「痛くないだろ? こんなに愛があるんだから」
「痛いです」

 ロバートの予感は、遠い将来当たることになる。頼朝の死後、畠山重忠は北条家に謀叛の罪を着せられて、一族郎党ともに滅ぼされるのだ。まったくのぬれぎぬであったという。
 だが、それはまだ先の話だ。

 とりあえずボーイズ三人は、サンハイツ堀川201号室の玄関先でわちゃわちゃじゃれあっている。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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