うちへおいでよ (23)
文字数 1,651文字
作者は前から疑問なのだが、ファンタジーでよく龍なんかの背中に乗るでしょう。女の人だと横座りで乗ってたりするでしょう。あれぜったい秒で落ちるよね。
馬だって鞍なしで乗れないですよ。まして空をはばたいてびゅんびゅん飛ぶ生き物に、ちょっとつかまったくらいで振り落とされないでいるの無理じゃない?
え、いいから話を進めろって? ふふふ。まあそう言わず。わざと引っぱってるんですから。
御者の男はたくみに手綱をさばきながら、ミランダに向かってウインクを送った。
この世には二つの人種が存在する。ウインクのできる人と、できない人だ。
できるけど似合わない(ああ無情)とかそういう人も後者のカテゴリーに入る。
だからさっさと先へ行けって? ふふふふ。
いまのところ『ダブルダブル』のキャストの中で「ウインクのできる男」は三人いて、
そのうち二人はもちろん牛若今若の兄弟だが、
その彼らをぶっちぎりで引き離して、
ダントツ一位ウインクの似合う貴公子といったら、
あの人しかいない。
「ヴァレンティン! どうして?!」
「話はあとで」手をさし出している。「乗って」
ミランダがその手にすがろうとしたとき、一瞬早くパトリシアが彼の手をつかんだ。
(えっ?)
そのまま巨蝶の背にとび移る。
(えっえっ??)
二人、ほとんど抱きあうほど近い。
「助かる」とヴァレンティン。「きつかったー」
「でしょ」とパトリシア。「まかせて。交替」
「おれもいちおう船と馬かなり乗ってきたけど、さすがにこいつは」
「ふふ、王子さまには無理。まあ木曽の馬に比べたら大したことないよ。座ってて」
ついさっきまでのふわふわした雰囲気などかなぐり捨て、余裕の笑みを見せるパトリシア。アスリート全開だ。
「ミランダさん」女武者は片手で巨蝶の手綱をとったまま、もう片腕をひろげた。「さあ、おれの胸においで」
「ちょっと待ってよ」ヴァレンティンがめずらしく焦った声を上げる。「それおれの役」
「ちっちっ。ぬけがけでミランダさんにチューした罰ですー」
「あれはアバターだってば」
「アバターでも許さないもん」
(なんでなんで)ミランダの頭はついていけない。(どうしてこの二人が知り合い、てかチーム? いつのまに? 源平で敵どうしじゃなかったの?)
(てかあたしミランダってぜんぜんばれてるし! ひどい、パトちゃんのいけず!)
「王子はこれ持っててね」包みを押しつけるパトリシア。
「何」
「ミランダさんとわたしの服。さっきお風呂入ってるあいだにランドリーで洗濯したの」ぬかりない。「タンバリンも入ってる」さらにぬかりない。
「そのゆかたで行く?」とヴァレンティン。
「えへ、ほんとはいけないんだけどもらっちゃう。ごめんなさい延暦寺」
「いやそうじゃなくて、ゆかたのままで御者??」
「あーちょっとはだけるかもしれないけどまあ誰も見てないし、王子以外」
「おれどんな扱い」
わざと情けない声を出しているが、楽しそうだ。こんなヴァレ兄見たことないとミランダは思う。生き生きしてる。
巨蝶は息をするように、翅を上下させながら空中でホバリングしている。
御者台の後ろにちゃんと座席が二人分しつらえてある。
「ミラちゃん、カモン」
パトリシアに手まねきされ——
ミランダは跳んだ。
「おっと」とヴァレンティン。
「あっずるい」とパトリシア。
ヴァレンティンは先に腰を下ろすと、抱きかかえたミランダを隣に座らせ、頬にかるくキスをした。
「ひさしぶり」
「ああっ! いまチューしたでしょ!」パトリシアが首だけふりむいて叫ぶ。
「してないしてない」
「した! わたしちゃんと背中に目があるんだから。やめて、わたしのミランダさんに」
「おれのほうが彼女とは長いつきあいだよ?」
「だめ。許さないー!」
笑い声とともにぴしりと手綱をくれる。
巨蝶は、天高く舞い上がった。
―第四章 了―
―巻三へつづく―
※前ページの蝶のマークは、平家の家紋として名高い「揚羽」の紋です。