私を月に連れてって (12)
文字数 810文字
体を二つに折って笑いだしたクリストフを見て、今度はアリアが固まる番だった。
(声立てて笑う佐藤くん。激レア……!!)
クリストフにしてみたら、なんだかいろいろ、おかしかったのだ。
全身の神経の糸が、ふわっとゆるんでしまった感じ。
何より、クロードが自分を牽制していたという事実が、くすぐったかった。そんなしょうもない嘘をついてまで。
腹は立たない。むしろ、ちょっと嬉しい。
(おれ、そんなふうに思われてたんですか。おれなんかが御曹司と張りあえるわけないじゃないですか)
(彼女のこと手放したくないんですね。なんか、よかった)
あっさり譲られたりしたら、かえって悲しくなっていただろうと思う。
「そうしとく?」
笑いすぎてにじんだ涙をふいて言うクリストフだ。
「どゆこと?」とアリア。
「だから、おれがゲイで、御曹司に惚れてるってことにしときませんか。
ね。
そのほうが都合がいいというか、楽でしょ? いろいろ」
その後の流れは、自然だった。
アリアの手から、自然に、クリストフは午後ティーの缶を取り上げ。
自然にプルトップを引き。
自然に何口か飲んで、アリアに渡し。
「あと全部飲んでいいよ」
アリアはうつむいて、ひと口飲み、クリストフに返し。
クリストフは自然に受け取って、残りを一気に飲み干した。
「缶捨てるところあるかな?」
さばさばと言って、答えも聞かずに、アリアに手をさし出す。
彼のほうから彼女に手をさし出すのは、初めてだ。
自然に、手をつないだ。
黙って歩きだす。お互いの顔は、見ない。見られない。
アリアの目には涙がにじんでいる。
(ごめんなさい佐藤くん。あたし、ずるい女だ。最低。ほんと最低。
無理やり言わせた。
ありがとう。怒らないでくれて)
(でももうこれ以上、気がつかないふりなんてできないよ)
(さっきの午後ティー……
三々九度だよね?)
(佐藤くん。
あたし、好きになる人をまちがえた)
彼の手が、熱い。