あなたの庭では遊ばない (3)
文字数 1,082文字
彼にはお世話になりっぱなしだ。貸し借りで言ったら借りばっかり。いまのところ。
ミランダお姉ちゃんが佐藤兄弟を下僕あつかいして平気なのは、何かあったら自分も身を投げ出して彼らのために尽くせる自信があるからだ。
あたしはだめだな。アリアはしゅんとする。いつもお荷物。
せっかくお姉ちゃんに空中の泳ぎかた、習ったのに。
(早く足なおって、お礼に佐藤くんをおんぶして泳いであげたいなぁ)
風もないのに、薄紅の花びらがひとひら、ふたひら、散ってきた。
「あ」
思わず声に出してしまって、クリストフが立ち止まる。
「どした?」
「なんでもない」
もうひとひら、花びら。ちらり、ちらりと。
「うん?」優しく揺すりあげられた。なんだか赤ちゃんになったみたいな気分。
「あのね」
「うん」
「いま、鳥さんがいたの」
「鳥?」
「いいの、もうどこか行っちゃったから」いそいで言う。「ごめんなさい」
と、また枝が揺れた。
「あ、いた! ね?」
「ほんとだ」
枝のふるえそのもののような小さい影が、つっつっ、と行き来している。スズメよりさらに一回り小さい。さかんに花をつついている。ときどき、くるりとさかさまに留まる。
「可愛いー! 見て見て、ちっちゃいねー」
「うん」
「お花食べてる?」
「花の蜜」
「そっか」
「二ついる」
「うそ?」目いいな佐藤くん!
「メジロだ」
「え?」
「メジロ。目のまわり白いの。見える?」
目を凝らすと、たしかに、小さな頭の小さな眼を、ぱっちりと白い輪がくまどっている。
チイ、チイ、とガラスの水盤に水がこぼれるような澄んだ声で鳴き交わしている。つがいなのだろう。
そのうち一羽が、チチイチイチイ、と明るくさえずりはじめた。
あちらが雄なのだろう。
「何て言ってるのかなぁ」と言うと、
「『おいしいね、おいしいね』って言ってるんじゃない?」と彼が言う。
立ち止まったまま、一心に見ている。アリアに合わせてくれているだけではなさそうだ。
集中して、無心に見ている。
子どもみたいな人だな、と可笑しくなる。
いっしょになって無心に見ていると、二人で、薄紅色の空気に溶けていくようだ。
ふいに、彼がぼそっと何かつぶやいた。
「なぁに?」
「メジロちゃんズ」
「は?」
「ユニット名」
はあ?!
「ユニット名ってなにそれ? あの子たちカップルじゃないの?」
「夫婦漫才」
「デュオじゃないんだ、ハンバート・ハンバートみたいな?」
「歌謡漫才」
背中にいるアリアから顔は見えないが、笑っているらしい。
(面白い人だったんだ! 佐藤くん)
彼のことを何も知らない自分に、アリアは気づく。