見つめていたい (8)
文字数 996文字
「大胆だね。ホールまでついてきているとは思わなかった」
そう言うと、若者は微笑する。だが無言のままだ。
「大スクリーンで見たかったんだ。そうでしょう」
うなずいて、うつむいている。元気がない。
無理もない。
なんとかしてやりたいと思うが、どうなるものでもない。
エレベーターに乗りこみ、B2のボタンを押す。
身長差があるので、ちょうどローレンスの唇のあたりに、クロードの額がある。
遠目には華奢だが、こうして近くで見るとひきしまった体をしている。その筋肉量のせいだろう。ふれてはいないのに、体温の高さが伝わってくる。
(若い)
エレベーターを降り、短い廊下を行こうとすると、ついてこない。何かに気を取られて立ち止まっている。
坪庭だ。
一メートル四方ほどの空間に、ガラスを立てて白い丸石を敷き、盆栽にした常緑樹を植えてある。
「ああ、それ? 本物だよ」
プラスチックではなく、生きた木だ。めだたないところに湿度管理計と自動スプリンクラーが設置されている。地下階のほどよい暗さの中、そこだけ人工照明にさんさんと照らされて、浮かび上がる緑の葉があざやかだ。
あざやかすぎるかもしれない。
「おいで」と言うと、素直に来た。何を考えているかわかるから、お互い、何も言わない。
あの木は枯れるまであそこにある。この空間に潤いを与えるためだけに。
インターホンでオートロックが外され、厚い自動ドアが開いた。
オーディオルームは一面の壁がスクリーンで、これでもじゅうぶん大きい。
「おかえりなさい」
妻の声より先に、すでに立って待っていた若者たちが一礼する。上げた彼らの顔にひろがる安堵の色。クロードを見ると、こちらも初めて笑顔を見せている。
負けた、と思っている自分に、ローレンスは苦笑する。
「見た?」(さっきまでの鎌倉殿の会見)、と訊くと、皆うなずいた。
「それにしても、本当に似ているね。何度でも驚くよ」
ミランダとフロリアンが顔を見あわせてにっこりする。
彼ら一行(ベンジャミンふくむ)が訪ねてきたときは、この二人を見て、いつ桜の珠から出てきたのだろうと仰天したものだった。うろたえたフロリアンがとっさに「服が違います」と言って爆笑になった。
(二人静に、二人忠信か)
ダブル×ダブル、という趣向だ。