楽屋トークつづき:つらぬかってぞ失せにける

文字数 1,468文字

クリス「打ち合わせの段階ではつらぬかるだけだったの」
ベン&フロ「えー?」(意外)
クリス「それがね、現場入りしたら超怖え女の監督※が、リハ見てあくびして、
『ねえそれ見飽きたんだけど。なんか新しいことしてみてよ』
つって(涙)」
フロ「それでいろいろやらされてるうちにどんどんエスカレートしてああなったと」
クリス「うん(涙)」
ベン&フロ「鬼畜じゃね?!」

「ああなった」とはどんなかというと。

《忠信最期》~義経記より~

 密告されて敵に囲まれた四郎忠信はひとりで奮戦するが。
 まず、鎧をぶすぶす矢が貫通して、意識がもうろうとしてくる。
(やばい。討たれて首とられるのはやだからちゃんと切腹しよっと)
 縁側に駆けのぼり、西に向かって正座して合掌し、敵の大将に向かって叫ぶ。
「いまから切腹しますんで! 模範演技としてご覧ください」
「お、おう」(汗)

クリス「この段階ですでにおれのキャラじゃないと思うんですけど(涙)」

 忠信、念仏を大声で三十回となえ、大太刀を抜いて膝立ちし、
 まず左の脇の下をぐさっと突き刺し、そのまま右の脇の下から引きまわし、それから胸元へ突き立ててへその下まで斬り下げ、

ベン「げ」

 刀の血糊をぬぐうと、しげしげ眺めて
「いい刀だなー。よく切れる。ぜんぜん引っかからない」

ベン「げげ!」

 でもまだ死ねないので、

ベン「そう、切腹ってそうすぐに死ねないんだよね」
フロ「だから介錯(かいしゃく)がいるんだもんね」

 傷口をつかんで押し開き、こぶしを腹の中へつっこんで腸をつかみ出し、

ベン「げげげ!」

 縁側にばらまいた。

ベン「うわー……」
フロ「このころ流行ったんですよ、腸つかみ出してばらまくの」
ベン「なんだよその流行」

 それでもまだ死ねなくて念仏をとなえ、

ベン「もういいよ……」

 それでもまだ死ねなくて、
「ううまだ死ねない! なんで? もしかしておれ判官殿(=義経)が好きすぎて、会いたくて死にきれない?」

ベン「恋かよ!」

「でもこれ判官殿からもらった太刀だから、えーい、こうやって死んじゃおっと」※※
 ここでやっと、つらぬかってぞ失せにけるのだ。

ベン「……」
フロ「……」
クリス「……(涙)」
ベン「お疲れさま。四郎」(肩をぽんぽんと叩く)

クリス「最終の台本もらったとき、おれ中央線飛びこんじゃおうかな思いましたもん(涙)」
ベン「まだそのほうが痛くないよね」
クリス「痛いもあるけどはずかしかった。二度とやだ」
フロ「二度はないよ」

 とか言ってるあいだにクリス、給茶機に手をかけている。

ベン「四郎それだめ! 壊れてる」
クリス「え?(暴発)わっ! 熱っちー!!!」

クリス「熱かった(泣)」←はずかしい
ベン&フロ「あー泣くな泣くな」

 だって、涙が出ちゃう。男の子だもん。わかって!



「超怖え女の監督」は私(作者)ではない。断じてない。
他に実在する。かなり有名な演出家だ。
彼女に鬼畜暴言「ねえそれ見飽きたんだけど。なんか新しいことしてみてよ」を吐かれ、「中央線飛びこんじゃおうかな思いました」というのは、作者が年下の友人の俳優Aくんから聞いた実話だ。(注:ローカル東京ですみません。JR中央線はなぜか飛びこみ自殺が多くて有名な路線です。)
演劇界ってモラハラが平然と横行する最後のギョーカイの一つなんじゃないかと思う。
A四郎くーん! 元気ですかー?

※※
四郎忠信、「判官殿」って言いながら彼の「刀」くわえて死ぬって、微妙にあれだ。
今井兼平とはつらぬかれる意味が変わってきちゃってる。
グロだけでかわいそうなのにエロまで。『義経記』盛りすぎ。
クリストフがはずかしがるのも無理はない。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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