私を月に連れてって (8)
文字数 1,146文字
まあ、シャワーは基本的にひとりで浴びるものだ。
なんでシャワーなんか浴びてたかというと、とくに意味はない。
ふつうに暑かったんだろうと思う。
いいじゃないですか(開き直り)。『ドラえもん』にだって意味もなくしずかちゃんの入浴シーンとかあるじゃないですか。意味もなく
え、パンツの色? トランクスかブリーフか?
決まってるじゃないですか。
ご自由に想像してください。
きゅっとバーを下げるとシャワーは止まった。
ぽたり、ぽたりと、残ったしずくが二、三滴落ちる。
そのしたたりの音を聞きつつ、オーギュストは思う。
(おれは何をしてるんだろう)
パンツはいたままシャワー浴びている件ではない(浴びてないったら)。
とりあえずそこから一度離れてほしい。
嫉妬という字はなぜ、どちらも女偏なのだろう、と、
壁についた自分の手の、指先の、爪の形をぼんやりと見ながら彼は思う。
(男の嫉妬のほうが醜いのに)
最近ときどき、きゅうに、はらわたがきりきり痛んで息が止まりそうになることがある。
焼け火箸でえぐられるようなと言うが、まさにそんな感じだ。焼け火箸でえぐられたことないけど。
胃か十二指腸あたりに穴があいているのかもしれない。
あいていればいいのに、と思う。ふっと苦い笑いがこみあげてくる。早く死ねばいいのに、おれなんか。
死んだら驚いてくれるだろうか。やっと気がついてくれるだろうか。
少しは泣いてくれるだろうか。
あの人は。
(醜悪だ)
誇り高い彼だから、こんなことを考えてしまう自分自身が許せないのだ。
しかもずっと考えている。ずっと。二十四時間。
思わず浴室の壁に額を打ちつける。
こんなに思って、こんなに尽くして、それでどうなった? 彼女の二十四時間はことごとく他の男に捧げられているじゃないか。
彼女自身はいらだって、怒って、憎んでいるつもりでいる。あいつが邪魔だと口では言う、目ざわりだと。だけど二十四時間だ。ずっと考えている。夢の中でも。
あれは愛だろう。
愛以外の何ものでもないだろう。
とらえてなぶり殺しにしてみたい気もする。あの男を。
だがあいつが死にでもしてみろ。
それこそ永遠に、彼女の魂は持っていかれてしまう。火を見るより明らかだ。
どうしたらいい。
ふたたびバーを上げると、湯が流れだす。
(ぬるい)
思いきり温度調節バーを振り切る。冷水のほうへだ。
小さな滝の下へ頭を突っこむ。そのまま、しびれるまで、頭の芯がじんじんしてくるまでじっとしている。
(おれさえ変われたら、何もかも変わるのだけど)
(変われない)
(彼女が好きだ)