私を月に連れてって (1)

文字数 1,148文字

最期の言葉(ダイイング・メッセージ)は『やま』か」
 ふいに空中に現れた紙包みをあたりまえのように手に取り、灰をこぼさないように慎重にひろげて鉛筆の書きこみを読みつつ、ベンジャミンはつぶやいた。
「しっかし字へただなーフロ」
 それはないでしょベンジャミン。彼いま手ケガしてるんだから大目に見てあげて。

「何?」とクロード。
「三郎が仕留めたみたいです。土佐坊」
 こと、とクロードがテーブルにマグを置く。
 あいかわらずベンジャミンの部屋だ。マグに注がれた強炭酸水(ストロング・スパークリング)の泡だけが、ふつふつと細かい音を立てている。

「やま」放心したようにつぶやくクロード。「山霊族(オレアード)か。どっちの? どの山?」
「まだわかりません。最後まで言えなかった可能性もある」ベンジャミンがまじめに応じる。「『やまと』だったかもしれない。『やまでらこういち』だったかもしれない」
 ベンもわりと、ウケねらいなのか単なるボケなのかわかりづらいタイプだ。

「もう整理できない」少なくともいまのクロードにはうけなかったようだ。「人物相関図が込み入りすぎてて。じゃあ土佐を雇ったやつと、静をさらったやつと、ゴッシーとそれぞれ別なの?」
「たぶん」
「おれはどうすればいい、ベン。どう動けば」
「だから動くなと。待てと。言われたでしょう」
「辛い!」
 顔を両手で覆っている。下手をすると自分の頬を自分でかきむしりそうだ。

 だろうな。
 ベンジャミンはそっとため息をもらす。
 何が苦手と言って、待つのがいちばん苦手な人だ。眠るときも泳いでいないと窒息して死んでしまう鮫。
 かと言って……

「しかたないですよ御曹司。いままで後白河さんと対等に(わた)り合えた人なんて二人しかいないんだから。一人は亡くなった清盛公。もう一人は」
「姉上」
 クロードのうつろなつぶやきには、もはや絶望の響きしかない。

「わかってますよね」とベンジャミン。「ここまでこじれていて、いまさら鎌倉殿に助けを求めることなんてできない。だけどさらに最悪の悪手は、御曹司が単独で後白河院に会いに行くことです。それやっちゃったらもう、鎌倉殿とは永久に決裂だよ」

「というより」とクロード。
「何『というより』って」とベンジャミン。
「いまは時期が悪い」
「何の時期」

「もうすぐ中間試験だから。姉者まちがいなく絶賛勉強中」
「そっちか」

「姉者ね、学年トップ争いとかじゃないんだ。本人争うつもりないのにトップになっちゃうの。
 手抜きするってことができない人だから。
 いつか一教科だけ92点だったって死ぬほど悔しがってて、三日くらい眠れなかったみたい」
「てことは基本、全教科満点?!」
「そう」

「受験スイッチ入っちゃったらたとえおれの葬式でも来ないよ、あの人は」
 クロード、しょんぼりしている。
「まあもともと来ないか、はは」
「自分で自分の傷えぐっちゃだめ。御曹司」
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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