うちへおいでよ (22)
文字数 1,146文字
「はい」
「あのね、そこまでしなくていいから」
マッサージが終わったら、今度はミランダを窓ぎわに座らせて、うちわであおいでさしあげているパトリシア。あふれんばかりの笑顔だ。
「だって静さまは可愛いんですもん」
――めんどくさい人かもしれない、と思いはじめるミランダだ。
でも、そのキラキラしたお目々が、よく見ると、何か言いたそうで。
唇が、いたずらっぽくとがっていて。
ようするに極上の秘密をうちあけようかどうしようか迷っている人の表情だ、ということに、ミランダがやっと気づいたとき、
「あ」
窓からひらひらと入ってきたものがある。
ここねー、迷ったんです。リアルで考えたらいま暑いでしょ。比叡山でも窓閉めきってエアコンかもなー。どうかなー。
だけどここはどうしても、どうしても、窓からひらひらじゃなくちゃ困るんです。もうこのさい窓が閉まってようが何だろうがひらひら入ってきちゃっていいことにしよう。うん、そうしよう。
蝶はひらひらと入ってきて、ミランダの鼻にとまった。
なにそのファンタジーと思ったかた。これ実話です。しかも作者の実体験。
ほんとに蝶に鼻にとまられたことがあるんです。ひらひら来たなーと思っていたら、いきなり鼻にとまられたの。びっくり。(@長野県)
あざやかなブルーのそれはそれはきれいなアゲハで、正確には「アサギマダラ」という子だったんじゃないかと思う。ものおじしないでよく人の手なんかにとまるらしい。蝶なのに千キロも二千キロも渡りをするという大胆不敵な子たちで、その生態はいまだに謎に満ちているんだそう。
「きゃー! 待って待ってじっとして、だめ動いちゃ」
パトリシア大騒ぎ。膝をつき、スマホで写真を撮りまくる。
ところが蝶はひらひらと移動して、今度はなんと、ミランダの唇にとまった。
「……」
身動きどころか、息もできない。
「やーん、だめっ」パトリシアは目を丸くして、蝶を叱りはじめた。「それはおいたが過ぎまする。いけませんっ」
ちなみに、アゲハというのは、もともと種類の名前ではない。蝶が
こんな感じ。
まあ、翅をひろげて口にとまると『羊たちの沈黙』になっちゃうから立ててくれないと困るんだけど、それよりこの図像でぴんときた人は偉い。
ははは、と聞きおぼえのある爽やかな笑い声が降ってきて、ミランダは思わず頭をふってあたりを見まわした。ブルーの蝶はふわりと舞いあがり、天井からの声と一体化する。
〈そっちはアバター〉
「アバターでもだめっ。御前さま確保したのわたしですもん」
〈えー、きびしいなあ〉
パトリシアが笑って立って窓を開け放つ。
窓の外には――
「モスラ?!」
ミランダじゃなくたって仰天する。巨大な蝶が浮かんでいたのだ。揚羽蝶が。