あなたの庭では遊ばない (2)
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だが、罠にしては、あまりに美しい。
アリアが顔をしかめる。
「痛いの」
「うん」
足首がわずかに腫れている。どうやら、夢や浄土ではないようだ。
ヒヨ、ヒヨ、と、甘い木の実好きのヒヨドリの声が、遠い空にのどかに吸いこまれていく。バーチャル空間でもないようだ。広い。
本当に広い。
とはいえ、桜の季節ではない。
どこかの異次元に迷いこんでしまったのは確かだ。
とりあえず、
「足、冷やせる所、探そうか」
「うん。ありがとう」
背をさし出すと、とまどっている。
「どしたの? おぶさって」
「うん」と言ったまま、べそをかいている。
「あたし、重くない?」
「ぜんぜん」
「それ、履く」クリストフが腰に提げている自分のサンダルを指す。
「履かないほうがよくない?」
「でも何でも持たせると悪いから」
履いてもおんぶするんだから同じじゃないのか。女の子の考えることはわからない。
まず、青いリボンでタンバリンを彼女の背にくくりつけた。子どもみたいで可愛らしい。
サンダルを手にして、改めてつくづくと見た。
「何?」
「ううん。小さいんだなと思って」
自分や兄の靴とは大違いだ。
「23だけど、23.5のときもある」
「そんなに小さいんだ」
「小さくないよ」なぜかいっしょけんめいな感じで言っている。小さいのを恥じてでもいるようだ。「佐藤くんはいくつ?」
「27」
目が大きくなった。「そんなに大きいんだ」
「普通だよ」
お互い、同性のきょうだいしかいないから、わからないのだ。
足を取って足の裏をぽんぽんとはたいてやると、びくっと身をちぢめる。「いいよそんなこと」と言う。
「でも小石とかついててはさまったら痛いでしょ」
「そうだけど、あの、……ありがとう」
けがをしていないほうの右足にまず履かせ、立たせて、膝をついた自分の肩に手を置かせる。
「痛かったら言って」
「うん」
足ちっちゃいなー。靴もちっちゃいけど、足ほんとちっちゃい。こんなちっちゃい足で歩いたりしてるんだ。
こんな……
ふいに、
襲ってきた感情が何なのかわからなくて、クリストフは途方にくれた。
立っているアリアには、彼のつむじしか見えない。
てきぱきと働いていた男がきゅうに動きを止めたので、どうしたのかな、と思っている。
まさか彼が、落涙しそうになっているとは気づかない。
どうしよう、とクリストフは思う。
どうしよう。
(幸せだ)