見つめていたい (6)

文字数 1,564文字

 守護(ガーディアンズ)地頭(ウォッチドッグズ)
 地頭を束ねるのが守護だ。
 それぞれ別の起源を持つ役職を、頼朝が一つのシステムに編みこんだ。このあたりややこしい。ちゃんと日本史勉強しとけばよかったよー。まあがんばって説明してみる。

 謀反人を捜し出して召し取る、という名目で、「緊急に」「臨時に」派遣される「追捕使(ついぶし)」というのがもともとあった。朝廷が任命していたのだが、なんと頼朝はその任命権をゲット。守護と名を改める。
 あくまで緊急時のもので、謀反人が逮捕されてしまえば仕事はなくなるはずだった。
 そのはずだったのだが、「でもまだ怖いやつがいるかもしれないから守ってあげるね」と言って、各地に番人=地頭を置いて、その上に守護を置いた。臨時だった役職を常態(レギュラー)化したのだ。
 全国の武士たちのための《お仕事創出》である。

 なんのことはない。「寺社の土地は寺社に、王家公家の土地は王家公家にお返しします」と言っておいて、その管理運営は弊社(わたしども)におまかせくださいという話だ。

 長年、貴族たちに、番犬としていいように使われてきた武士たち。
 清盛は、自分も貴族になることで真っ向から勝負を挑んだ。彼らのゲームの中に切り込んでいったのだ。
 頼朝の闘い方は少し違った。わざと離れ、新しいゲームを始めた。
 もっと平凡な喩えで言うならば、一流大学を出て一流企業に入ってのし上がってやるという道を選ばずに、自分たちで起業しちゃったんである。そのベンチャー企業が大成功すれば同じことだ。スティーブ・ジョブズかジェフ・ベソスか、源頼朝かって感じだ。

 いま、このリモート会議の場で、歴史を揺るがす地殻変動が起ころうとしていたのだが。
 おじさんたちは、さっきの「谷間の百合」ちらりの残像がすごすぎてぼーっとしてて、
「ご異論はございませんか。なければ、お認めいただいたということで。
 ありがとうございます」
 もう一度深々と頭を下げられ、(あっあっ)とか言ってるあいだにすべては決まってしまった。

 言うまでもなくカミーユ本人は1ミリも気づいておらず、それどころか作・演出のオーギュストにとってもこれは想定外もいいところで、カメリハのときにチェックできていたら彼だって驚いて阻止したはずだけど、そのときはちょこんと浅くおじぎしただけだったので谷間の百合は顕現するにいたらなかったのだ。
 まあ、この放送事故のおかげで会見は超弩級の成功をおさめたのだから、よしとしなくてはなるまい。耐えろ、オーギュスト。

「終了です。お疲れさまでした」
 例のカチンコが入った。が、まだカメラは回っている。そしてやっぱりヒロインはそのことに気づいていない。
 ピンマイクを外そうとして、うつむいて、もたもたしている。
 よく見ると、手がふるえている。
 きゅーん……
 またもやしめつけられる男たちの心筋。

「由良」
 小声でオーギュストに呼びかけられて、カミーユは目を上げた。ライブ配信は終わったはずなのに、彼がカメラの後ろで最後のカンペを出している。
〈お疲れSAMBA〉

 このてのしょーもないB級ダジャレが彼女にはめっぽう効くということも知り尽くしているオーギュストだったのだ。怒りの沸点が低い人は、笑いの沸点もまたひじょうに低い。
 表情が一気にほぐれ、のちの征夷大将軍は、ソーダ水のはじける泡のように清潔で可憐な笑い声を立てた。
「あははっ」

 ぷつっと接続が切られる。
 水晶宮の大会議場は、水を打ったように静まり返った。
 誰もがちょこっとだけ思ってしまったのだ。あまりにまっすぐなカメラ目線だったものだから、いまのは、まるで――
 まるで、おれに笑いかけてくれたようだったと。
 おれだけに。

 そんなことで騙されるわけがない高偏差値男子たちなのだが、気がついたら皆、暗くなったスクリーンに向かって拍手をしていた。
 あっぱれ。
 というわけである。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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