うちへおいでよ (1)

文字数 1,713文字

 初めての夜が明ける。

 と言っても、えってぃな話ではない。
 アリアもクリストフも、すやすや眠っている。

 ちゃんと書いてなかったかもしれないので念のため。
 例えばクリストフのビジュアルは3パターンある。(1)男子高生と、(2)白狐と、(3)その中間のケモ耳バージョンだ。しっぽつき。
 いまどのバージョンというのをいちいち書くわけにもいかないので、明記しているとき以外は読者のご想像におまかせしてある。

 で、いまはクリストフ@白狐バージョンが、アリアのもふもふ枕になってあげてるのである。
 いいなあー。

「う……ん」
 アリアが寝返りを打ったので、クリストフのほうが目を覚ました。
 アリアを見ると、すやすや眠っている。
(可愛いなあ)
 ほんのちょっと唇が開いていて、それさえも可愛い。その口がむにゃむにゃと動いて、寝言をつぶやいた。

「マカロン……」

 とくに意味はない。伏線とかでもぜんぜんない。ほんと。読者諸君も気にしないでください。

 昨晩はたくさん話した。
 桜の木の根もとに座って、幹にもたれて。
 クリストフにしてみたら、いままで生きてきたあいだに発した全単語の総数と同じくらいの数の言葉を口にした。いやさすがにそれはないか。でも過去一年分くらいには相当する。
 彼は彼女の話を聞いているだけでじゅうぶんだったのだが、彼女が彼の話を聞きたがったのだ。

「『おうしゅう』(奥州)ってどんな所? 佐藤くんのふるさと」
「いい所だよ」
「そうなんだ」

 文字で読むと、どーしよーもなく、空っぽな会話なのだが。
 人生でいちばん貴い会話って、わりとこんなふうに空っぽだったりしませんか。
 ただ、相手の声を聞いていたいだけだったり。

「大きな河があって。北上川」
「きたかみがわ」

 ただ、相手の言葉をくりかえして、口の中で味わってみたり。

「家の屋根の瓦も、道の敷石も、金でできていて」
「ほんと?!」
「うそ」
 二人で笑う。
「でも、金が採れるのはほんと。金で造った大きなお寺があって……かなり、大きな都なんだよ」謙虚に言う。「こっちの人たちは、信じてくれないから、言わないけど」
 作者は初めて奥州平泉と中尊寺金色堂のことを読んだとき、これがマルコ・ポーロの聞いたジパングじゃないか!と驚いたものだった。
 どうやら本当にそうらしい。少なくとも、いま見たらウィキペディアにはそう書いてあった。

「桜もきれいだよ」
「桜」
「しだれ桜の古い木や、桜並木……桜の、トンネル」
「桜のトンネル?」
「うん」
 四郎の貧弱なボキャブラリーではまったく再現できないので、読者はぜひ「ひらいずみナビ 世界遺産の町 平泉の観光ガイド」のページをご覧ください。本当にきれいです。夢のよう。

 二人はしばらく黙った。同じことを考えている。
(見せたい)
(見たい)
 でも、来年の春、北国で桜の咲くころ、彼女はもういない。

「波多野さんのお家は、どんな所?」
「えーとね」

 遠く遥かな海の底、水は矢車草の花びらのように青く、きれいに透きとおったガラスのように澄んでいます。
 とても深いところなのでどんな錨を投げ入れても届くはずはありません。その深さを測るには、教会の塔を数えきれないぐらい幾つも積み重ねなければならないほどなのです。
 そんな所に人魚たちは住んでいます。

 その海の底は白い砂地ばかりだとお思いでしょう。いいえ、そうではありません。奇妙な草や木が生えているのです。それらはとてもしなやかで、水がほんのわずか動いただけでも、まるで生きもののようにゆらゆらと動くのです。

 海の一番深いところに人魚の王さまのお城がありました。
 壁は珊瑚でできていて、窓は黄色の美しい琥珀です。屋根は貝殻で、開いたり閉じたりしながら、水を吸い込んだり吐いたりしています。どの貝殻の中にも輝くばかりの真珠が入っています。
 黄色い琥珀の窓を開けると、魚たちが入ってきます。ちょうど、私たちの所でツバメが入ってくるのと同じです。

 魚たちは小さな人魚姫たちの手から餌を食べたり、撫でてもらったりしていました。※


※ハンス・クリスチャン・アンデルセン『人魚姫』
装画/挿画 マリアンヌ・クルーゾ
訳者 阿部久子/大竹仁子
鳥影社 2005年
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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