うちへおいでよ (8)

文字数 1,035文字

 ぱらり、と落ちてきたものがある。
(雨?)
 雨ではない。草の上で固く光っている。
(ひょう)?)

「時間がないな」空を見上げてアントワーヌがつぶやいた。「こうしたらどうだろう」セバスチャンをふりかえる。「きみはミランダさんをお連れする。わたしはアリアさんを」
 苦い光がセバスチャンの目に走る。が、見返したアントワーヌの一瞬の迫力に気おされて、開きかけた口をつぐむ。
「ふたり別々になんていや」アリアがいそいで言う。
「すぐにまた会えますから」優しくあやされている。「ほんの少しのがまんですよ。ね」

 ミランダは立ちあがった。
 透明なかけらが、あとからあとから降ってくる。
 あたしは何をしてるのだ。ばかじゃないの。こいつらが味方のはずがない。これは雹なんかじゃない。これは――
(次元ゲートのかけら)
 あたしたちがいるのは水晶球の中だった。そこにひびが入ったのは、こいつらが侵入してきたからじゃないか!
 九郎の名前を出したときにやつが見せた涙は本物だったかもしれない。だけどそれさえも。あたしを油断させるための。やられた。何枚も上手(うわて)だ。あたしなんかとは舐めてきた辛酸の度合いが違うのだ。
 雨乞いか雨止みか知らないけど、いくら謙虚に見せかけても、あたしたちを利用しようとしていることに変わりはない。何をされるかわからない。
 あたし一人ならともかく。
 この子をそんな。

「アリア」

 妹の腕をつかんで飛び上がろうとしたミランダのみぞおちに、すかさずセバスチャンの長刀が入った。柄のほうだ。
 気を失い、落ちてきた彼女をセバスチャンは肩にかつぎ上げ、アントワーヌとうなずきあう。次の瞬間、その鎧姿はかき消えた。
「お姉ちゃん!」

 叫んだアリアの口を、ふわりと墨色の袖がおおう。
(あ……)
 初めて嗅ぐ香りだ。スパイシーで香ばしく、だが甘く、どこまでも沈んでいくような。
 深く埋もれた香木が焚かれたときだけに発せられる、静かな芳香。

「いい子にするって約束して」
 その香りそのもののような声が、微笑とともにしみこんでくる。
 魂を抜かれたようなうつろな目で、アリアはかすかにうなずいた。

 お姫さま抱っこで彼女を抱き、リープする直前にアントワーヌはふと、はてしなく壊れていく空を仰いだ。
 その目の、自嘲に満ちた冷たい色を、誰も見ていない。

 そして――

 そして。

 草の上に打ち棄てられ、いまや激しく降りそそぐ水晶のかけらに打たれている純白の獣の体を、
 土中からすっとあらわれた二本の手がつかみ、

 すっと土中に消えた。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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