うちへおいでよ (10)

文字数 1,015文字

 火狐が倒れている弟の側に回りこんだ。カナヘビはすばやく移動する。
 お互い、位置を入れ替えたかたちになった。

 フロリアンの動きに、いつもの切れがない。

 カナヘビは小さな頭を振ると、ヒューマノイドの少年の姿を取った。
 白い作務衣(さむえ)にかすかなうろこ模様がきらめいている。
 つぶらな目を白狐たちから離さずに、そろそろと立ちあがり、ひょいと土の天井を持ちあげた。ピンチアウト。空間が広がり、酸素量が増える。土霊族(ノーム)のわざだ。
 それから正座して、両手をついた。

「ご不審はごもっともです」ふるえている。「でもいまはどうか、わたしにお手当てをさせてください。このままでは三郎どのも四郎どのもおいのちにかかわります」
 名を呼ばれて驚く。
「わたしは、こ……金王丸(こんのうまる)と申します。三郎どのに討たれた土佐坊の弟です」
 火狐が踊りあがったので、少年の声は悲鳴に近くなった。

「先にお手当てをさせてください。お話ししたいこともいくつか。かならずお役に立ちます。ご成敗なさるならその後で、どうか。
 お手向かいはいたしません」
 言い終えて、袖を噛んで引き裂く。その細布を手に、膝を立ててにじり寄ってきた。

 火狐のほうは、いまの一跳ねであらたに血が噴き出し、ほとんどあえいでいる。
 不運なことに例の水晶の切片が刺さり、しかもよりによって古傷の上だったのだ。左肩の肉に食いこんでいる。体内に埋もれてしまう前にとり出さなくてはならない。

「失礼つかまつります」
 少年は歯を食いしばり、指で破片をえぐり出してすばやく手のひらで押さえた。
「よもぎです」と言う。揉んだ薬草を傷に押しつけている。「血止めに効きます」
 たしかに、彼の指のあいだから流れ落ちる血が、見る見るうちに引いてきた。

 きつねも、溶けるように若者の姿になった。「かたじけない」とかすれ声で言う。
 黙って包帯を巻かれる。
「手伝ってくださいますか」と訊かれ、うなずく。
 二人で、クリストフの体からも破片をとりのぞいていく。純白の毛皮のあちこちから血が流れ、さながら火焔の模様の縫い取りのようだ。
(四郎)
 兄の目に涙がにじむ。

 三郎とて、手をこまねいていたわけではない。姉妹が連れ去られるのを断腸の思いで見ていたのだ。
 深手を負ってしまい、草むらに身を隠しているのがやっとで、荒法師ふたりを相手に立ち回るのはとても無理だった。まずは弟を助けて形勢を立てなおそうと判断した。
 その選択の正しかったことが、じきに明らかになる。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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