見つめていたい (4)

文字数 1,765文字

 世に言う「頼朝の三箇条」。
 エリート男子たちのハートをわしづかみにした、一世一代のパフォーマンスであった。

「一つ、神社仏寺に勧賞(けんじょう)すべきこと」
 勧賞とは、功労をたたえて、官位や土地を与えることだ。
「平氏が滅びたのは、寺を焼くなどして仏罰をこうむったからです。彼らの横領した神社仏寺の土地をもとに戻し、これからは大切にお守りすることを、鎌倉は提案いたします」

「一つ、王家公家の所領を復旧すべきこと。
 平氏は寺社だけでなく、おそれおおくも皆さまの所領にも手を付けました。それももとに戻し、民を安堵させることを願います。それらの土地をわたしどもに払い下げていただくことなど、鎌倉はいっさい望みません」

 三つのうちまだ二つめなのだが、この段階ですでに、勝ったも同然だった。
(なんたる謙虚。なんたる無欲)
(義仲くんとぜんぜん違う)
(よかったー)
 一条とか九条(くじょう)とか(「きゅうじょう」ではない。それは憲法)、名前に「条」のつく系のセレブ男子たち※が、会場のあちこちでこっそり袖を目に当てている。
 彼らだって超~怖かったのだ。うん、わかるよ。

 でもまあ、頼朝ファンでありながら清盛ファンでもある作者から、いちおう一言つけ加えると。
「平家が滅びたのは仏罰だ。おごる平家は久しからず、ざまあ清盛」というのが『平家物語』をつらぬくメインテーマなのだけど、八百年後のわれわれがあんまり真に受けるのもどうかと思う。
 じつは当時の寺社さんたちと公家さんたち、わりと結託して、地方の土地とかをちゃっかり召し上げちゃったりなんかしてたらしいんである。地元の豪族がびっくりして「なんできゅうに?」と抗議しても、神のためだ仏のためだ、天皇のためだと言われたらどうしようもない。泣き寝入りだ。
 清盛はそこを変えようとしたのだ。彼は神仏を恐れなかったのではなく、権威をかさに着るやつらを恐れなかっただけだ。かっこいい。島耕作がばかに見えるくらいかっこいい。清盛の回想録とかあったらビジネス書部門でベストセラーになっちゃうんじゃないのか。

 とは言え。
 とりあえず、平家と言えば仏罰、的な、みんなの都合のいい思いこみ(マインドセット)を頼朝はピンポイントで攻略し、陥落させたわけである。

「一つ」
 しかし、まだ最大のが残っていた。三箇条の三つ目だ。
 鈴を振るような声が告げる。
「罪を許すべきこと。
 謀反に加担した平氏関係者でも、反省して投降してきた者は、すぐに罰するべきではないと鎌倉は考えます。それが御仏(みほとけ)の心ではないでしょうか」

 どよめき。そして、すすり泣きの声。
(彼女、一族を平家に惨殺されてるのに?)
(天使だ……)
 これも「じつは」だけど、源氏一門がばたばた死んだのは、わりと源氏ファミリー内の同士討ちが多かったりする。もともと乱暴者の多い家系なのだ。なのだが、みんなそんなこと忘れちゃってもらい泣きしている。

 ここで、絶妙のタイミングで、カメラの向こう側にオーギュストのカンペが出た。
 もちろんリモートで見聞きしている水晶宮の男たちは誰も気づかない。ローレンスさえもだ。
 カミーユの目に、オーギュストがスケッチブックに太マジックペンで書いた字が映る。
〈がんばれ。その調子。いまのうちにお水飲んで〉

 デスクの上に置かれたガラスの水差しから、ガラスのコップへ、カミーユは水を注いだ。
 手はふるえていないが、ふるえそうだ。
(南無八幡大菩薩。よけいなこと考えちゃだめ)
 かるく目をつぶり、コップの水を飲む。
 重要なのは。
 育ちのいい彼女はこういうとき、コップを両手で持つくせがあるということだ。例によって本人は気づいていないのだが、これがめちゃくちゃ可愛いのである。またもや、彼女の魅力をすみずみまで知る彼による、計算し尽くされた演出だった。

 彼女の白いのどが、きらめくガラスの下で(こくり)と小さな音を立てたとき、
 会場じゅうの男たちも同時に、つばを飲みこんでいた。

 これから彼女はいよいよ本題に入るわけなのだが、正直言ってこっから先もうおじさんたちは、なーんにも耳に入っちゃいなかったんである。


※ちょうど頼朝の時代に藤原から「近衛(このえ)」と「九条(くじょう)」というお家が分かれて出てくる。「一条」「二条」が出てくるのはじつはもう少し後。
近衛家・九条家・鷹司(たかつかさ)家・一条家・二条家の五つが五摂家(ごせっけ)。名門中の名門だ。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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