私を月に連れてって (9)
文字数 801文字
いや、だからそもそも「その頃」とかは言えないのだった。
とにかく、桜の園で彼らはいま──「いま」っていつだって話だが、とにかくいま──
ケーブルカーに乗っている。
ケーブルカーと言えばふつうは四角いが、このケーブルカーは丸い。ころんとしている。車両だけなら観覧車みたいだ。白い枠に遮光ガラス。なんと冷暖房完備。
それがゆっくりゆっくり、ゆーっくり登っていく。
かたつむりみたいに。
正確には、モノレールだ。高低差約18メートル、レール延長48メートルを2分で結んでいる。最高時速1.8キロ。18キロじゃない、1.8キロだ。秒速50センチ。のろのろ。
愛称、アスカルゴ。
小石川植物園のはずだったのが、いつのまにか東京都北区飛鳥山公園に来ている。
飛鳥山のあたりは旧名を染井といい、かのソメイヨシノの発祥地だ。
名高い吉野の桜を、染井で再現してみちゃったんすけどどうすか(へへっ)という、江戸の植木屋さんの心意気だったわけだ。
なーんてもっともらしく言ってみたが、ようするに、またもや近場ですませて申し訳ない。でもアスカルゴに二人を乗せたかったんだもん。アスカルゴですよ。車内アナウンスが倍賞千恵子さんなんですよ。この国民的大女優さん、なんと北区のアンバサダーなのだ。
「でんでん虫むし、かたつむり~」
2分の旅路を終えても余韻さめやらず、ご機嫌で歌っているアリアだ。
「おまえの頭はどこにある~」
よく聞くと、クリストフも小さな声で歌っている。
(歌う佐藤くん! 超レア!!)
足首は冷やしたのがよかったのか、腫れも痛みもほとんど引いた。それでも、まだ歩かないほうがいいとクリストフが言いはって、あいかわらずアリアはおんぶされている。
「つの出せやり出せ、頭出せ~
ねえねえ、なんで頭から槍出すの?」
「知らない(笑)」
考えたら作者も知らない。
ご存知のかた、教えてほしい。