うちへおいでよ (16)
文字数 1,068文字
やおら、がばとはね起きた。
窓の外には琵琶湖が光っている。
布団に寝かされ薄物を掛けられていたが、着衣に乱れはない。
「気がつかれましたか」
律儀な声に顔を上げると、離れた場所に覚範坊が正座している。ミランダが目覚めるのをひっそりと待っていたらしい。意外にも紳士だった。
もちろん、それで先刻の無礼と暴力が帳消しになるわけではないが。
「このたびは」男は両手をつく。顔にも声にも哀しい色がある。「乱暴狼藉の段、ひらに、ひらにご容赦願います」
畳に額をすりつける。
「せめてもの罪滅ぼしに、いちばん良いお部屋をご用意しました。お気に召しますよう切に願っております。
ご用はこの者にお申し付けください。姫をわたしども坊主がお世話するわけにもいかないですから」
傍らにひかえていた若い女が、やはり手をついて頭を下げた。
ミランダは横座りのまま、あたりを見回す。
ゆっくりと、ふるえる唇が開かれる。
「お姉ちゃんは?」
覚範はぎょっとしたが、聞き間違いかと思い、ていねいに答えた。
「静どのは京の醍醐寺におられます。もちろんご無事ですよ。遥どののみ、この叡山にお迎え──」
「お姉ちゃん」
せっぱつまった声だ。
「お姉ちゃんに会わせてください」
「えっ」
「お願い」ふるえている。「お姉ちゃんが、いてくれないと、あたし」
「あの……」
「遥どの、ですよね?」威勢のいい、激しい気性の姉娘のほうをあずかってきた。そう信じていた覚範だ。
「そうです。お姉ちゃんの名前は遥です」
「そうじゃなくて」
「何がですか」
畳に下りてにじりよってこようとした美少女は、ふと自分の手足に視線を落とし、愕然とした表情になった。
「あたし、どうして、お姉ちゃんの服を着てるの?」
とほうにくれた目と目が合う。
覚範だって同じくらい驚いている。
(どういうことだ。
まさか、失神させたときのショックで入れ替わった? 姉妹の中身が?)
「どういうこと?」目の前で可憐に声をふるわせているのは、どう見ても妹娘のほうだ。「お姉ちゃんに何をしたの?」
「いや……」
「ひどい」頬をぽろぽろと涙がつたう。「お姉ちゃんを返してください。返して」
「いや、だから、あなたが遥どのですよね?」
「静です」
自分の体を抱きしめ、ゆっくりと、しかしはっきりと美少女は答えた。
「なんでお姉ちゃんの格好をさせられてるのかわかんないけど、あたしは静です」
「何をしたの? あたしたちに」
涙はとめどなくあふれて落ちる。
「お姉ちゃんに会わせてください。お願い」