私を月に連れてって (3)

文字数 1,482文字

「そんな大変なことが」
 波多野姉妹が続けて襲われた経緯を聞いて、畠山ロバートは目をつむり、辛そうにしばらく黙りこんだ。優しい男なのだ。
 やがて、考え考え話しだす。
「アリアさんをさらったのは石霊族(トロール)の配下だとぼくも思います。それに気づいた後白河院がとっさにかくまってくださった――思いやりか、ただの気まぐれか、それとも別の意図があってのことかはわからないけど。
 いずれにせよ、鎌倉殿とは関係ないです。あのかたのやり口ではないし、そもそもさらう理由がない」
 最後はきっぱり言い切った。

「おまえにそう言ってもらえると救われる」
 クロードはうつむいたままだ。

「残るは土佐坊くんですが、単独犯ではなさそうですね。しかも泣いていたというのが気になる。何か事情がありそうだ。
『やま』は、ぼくも山霊族(オレアード)だと思うけれど、彼らが主犯だという意味だとはかぎらない」
「たしかに」とベンジャミン。
 ありがとうロバート。きみのおかげで作者もだいぶ頭が整理できてきた。

「土佐くんはどっちの出だった、武蔵くん? 南か北か」
「おれは鞍馬山で会ったんだけど……、もともとはたしか南」
「武蔵くんは」
「北です」
 南都(なんと)北稜(ほくりょう)という。拮抗するふたつの寺社勢力、奈良の興福寺と比叡山延暦寺だ。
 天皇家を中心にすえた摂関藤原家の熾烈な派閥争いに加えて、じつは当時このお寺さんたちがものすごく怖かったんである。何かというと〈強訴(ごうそ)〉と言って、お神輿(みこし)みたいの(というかガチでお神輿)をかついで集団で直訴してくる。逆らえばすぐ「仏罰だ!」と言われちゃうんだから手も足も出ない。そしてお坊さんだから全員男。しかもお坊さんなのにみんな武闘派。僧兵というやつだ。
 イメージとして弁慶の大群。
 ね、怖いでしょう。
 めっちゃ怖い。

「問題は」とロバート。「なぜアリアさんとミランダさんの争奪戦が起こっているかということです。寺が動いているとしたら、なぐさみものに――すみません、嫌な言いかたして――その、もてあそぶ意図ではないんじゃないですか」

「それも、そう言ってもらえると安心する」
「いや、まだ安心とかは」
「とにかく」クロード、自分で自分の声をはげましつつ言う。「ねらわれてるのはおれじゃないとわかったんだから、おれが助けに動いてもいいよね」
「またそういうことを」ベンジャミンがたしなめる。「だからどう動くかが問題だって言ってるでしょう。ほんとせっかちなんだから」
 笑ってふり返ったら、ロバートはきゅうに顔をゆがめ、苦しそうにそむけた。

 何だ。いまの表情は。

「今日は」とぎれとぎれに言いだすロバートだ。「今日は……、帰ります。また日を改めて」
「えっ何」さすがのクロードも驚く。「何しに来たの?」
「いや、あの、ご様子を見に」
「ただ様子見にあの激烈な坂道ママチャリ飛ばしてきたの?」
「その……、先に武蔵くんと相談を、しようと思ったら、こちらにもう九郎殿が」
「何の相談?」

 ロバート、額に汗を浮かべてうつむいている。
 嘘の下手な男なのだ。

「悪い知らせ?」クロードの心拍数も上がり始めた。「姉上から――鎌倉殿から」
「帰ります」立ちあがるロバート。「失礼しました」
「何だそれは! 気になるだろう」
「お放しください」
「言えば放す!」
「こんな状態の九郎殿に言えません!」

 クロードの手が離れる。
 部屋の中に風が立つ。樹霊族(ドリュアード)の彼のまわりで、ざわざわと葉ずれの音が動くのだ。

「言ってくれ。いいから。いや――
 言うな。
 たぶんわかる。
 いまは聞きたくない。いまは。言わないでくれ、頼む。
 だけど」

 ロバートはすでに涙ぐんでいる。

「言ってくれ。言え。
 畠山」
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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