トリビア:「木曽最期」のモヤモヤと、巴ちゃんのこと

文字数 2,346文字

 前のページで木曽殿こと義仲くんをさりげなく(ないか)ディスり、全国津々浦々の義仲ファンのお怒りを買ってしまったんじゃないかとびびっているチキンな作者だ。
 わかってますとも。「木曽(きその)最期(さいご)」は『平家物語』でもばつぐんに人気の高い一段だ。いまでも高校の古文の教科書に載ってたりするのかな? 少なくとも作者が高校生だった江戸時代(ウソ)には載っていた。で、授業で習ったから憶えていたんだけど。
 そのときも授業中にうっすら思ったのだ。
 これ、木曽殿って、かっこいいの?

 まず(前ページでも書いた)巴ちゃんへの塩対応がひどい。
 最後までいっしょに戦おうとする巴ちゃんに向かって「おまえは女だからさっさと落ちのびろ」ってなんだそれは。
 優しさかと思いきや、「『木曽殿ったら最後のバトルに女連れてたんだってヤーイ』とか言われたら恥ずかしいし」ってなんだそれは。何が恥ずかしいんだ。だったら最初から連れてこなきゃいいじゃないか。

 だいたいこの直前まで義仲くんは都でいろいろ失敗してるのだ。同じ信州人の末裔としてイタすぎて書けないくらい(だからこの小説に書いてない)恥ずかしい失敗をわんさか。もう赤面。皆さんもお願いだから「猫間(ねこま)の中納言の事」とか読まないでくださいね。あげくに後白河院にキレて幽閉して、頼朝の怒りを買って同じ源氏ファミリーの義経に退治されるってどこまでダメの上塗りなの。
 いまさら「女連れは恥ずかしい」なんて言える身分じゃないと思うよ? ジェイソン。
 赤地(あかじ)の錦の直垂(ひたたれ)がしゅっと似合っちゃっててもダメはダメだと思うよ。どうしてみんなそんなにイケメンに甘いのよ。

 ぶっちぎりでかっこいいのは家臣の今井兼平(かねひら)くんのほうじゃないか。

「主従二騎にぞなりにける」ってところからが名文中の名文だ。
 その名文をあえてダブルダブル風に書き下すとこんな感じ。

義仲くん「(弱気)いつもの鎧なのに今日なんか重い」
兼平くん「(冷静)気のせいです」

 二人で馬を走らせる。

兼平くん「(冷静)あ、敵が来たっぽい。
(てきぱき)じゃあ殿はあそこの松林でしっかりご自害なさってください。そのあいだわたしがあの敵ども防いでおきますんで。よろしく」
義仲くん「(弱気)そんなこと言わないでさー。ちっちゃいときから『ぼくたち死ぬときはいっしょだよね』って言ってたじゃない。いっしょに死のうよーねージェフ」

 兼平ジェフリー、馬から飛び降りて、義仲の馬のはなづらをつかむ。(名場面!)

ジェフ兼平「(せつせつと)あのね。いいですか。
弓矢取り(=武士)は、それまでいくら完全無欠のアイドルやってきても、最後に一発しくじったら永遠にバカ烙印押される商売なんです。ないんですよミソギ期間とかこっそり復帰とか。ワンチャンなんです。
殿は武将なんだからちゃんと切腹決めちゃってください。うっかり雑魚キャラに討たれたりしたらどうするんですか。敵にどわーっとポイント入っちゃうんですよ。
ほら。さっさと」
ジェス義仲「(しょんぼり)うん」

 ここまでお膳立てしてもらったのに義仲は、ひとりで馬を走らせながら「今井どうしたかなー」とふり向いたところをあっさり討たれる。雑魚キャラに!
 ああああっ! もうっ!!
 今井くんの心配的中。彼の死にものぐるいの努力水の泡。バカバカ義仲のバカ。死んじゃえ! 死んでるけど。

 ひとりで防戦していた(こういうのを「防ぎ矢つかまつる」と言うらしい。かっこいい)ジェフユナイテッド今井は、「木曽殿討ち取ったり」の声を聞いて心の中で絶叫する。
(だから言った!! おれあんなに言った!!!)
 だが『平家物語』のどの版にもこの痛切なシャウトは載っていない。彼はただいさぎよく(もはやこれまで)と観念し、
「これを見たまえ、日本一の剛の者の自害する手本」
 太刀を抜き、口にふくみ、馬よりさかさまに落ちかかり、つらぬかってぞ失せにける――。

(はぁ……)
 古文の授業中、高校生の私(作者)はひとりこっそり、教室のすみの席でため息をついていた。
(素敵)
(今井くん。けっこんしたい)
 太刀が口から後頭部へ抜けてるってビジュアルはちょっとあれだけど。あと自分で自分を日本一ってちょっとビッグマウスなのがあれだけど。
 二重の意味でビッグマウス。

 ちなみに彼も四郎だ。今井四郎兼平。
 四郎がいっぱい!

 この今井くんが巴ちゃんのお兄ちゃんだという説がある。さもありなん。この兄にしてこの妹って感じだ。
 作者は巴ちゃんともけっこんしたい。
 まあ、義仲が典型的なダメンズ@イケメンだからこそ、
「わたしが/おれがいてあげないとこの人は」
ってがんばっちゃうタイプなんだろうな、兄妹そろって。共依存というやつだ。

 ところで義仲くんのダメをさらに仕上げ塗りするようだけど、義仲くんには連れてきた女武者が巴ちゃんの他にあと二人いたという話がある(しかも信濃に置いてきた奥さんのぞく)。
 山吹ちゃんと葵ちゃん。
 名前まで可愛い。巴ちゃんと三人そろって美女武者ユニット。あらゆる意味で最強だ。

 で、一説によると、巴ちゃんは亡くなるとき
「わたしが死んだら葵ちゃんの隣りに埋めてください」
と遺言したとか。
 面白いんです。殿をめぐって嫉妬しあったりしないの。
 これね。
 読者の皆さまはどうでしょうか。作者はすーっごくわかる。もうわかりみ深すぎ。作者も恋敵がいると、嫉妬するより(しないわけじゃないけどそれより)ぐっと親近感を抱いてしまうんです。おお推しが同じか!同志よ!みたいな。勝手にこちらがそう思っているだけで、向こうには憎まれていたかもしれないが。はは。

 巴塚というのと、葵塚というのが、なかよく並んでいる墓所があるそうだ。
 もっとも、静ちゃんと同じで、巴ちゃんのお墓も全国各地にある。笑
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み