見つめていたい (2)

文字数 1,230文字

 オンライン参加でもいいのだが、出仕している者たちは、大スクリーンのある会議場に三々五々集まってきている。
 後白河ローレンスが到着し、全員、自然に起立して一礼する。
 それはそうだろう。治天の君だからね。彼が話しはじめてからあわてて立ったんじゃ遅いのだ、首相だろうと都知事だろうと。何の話だ。

 エアコンが微妙にエコ設定になっている。環境への配慮だ。
 灼けつくガラス窓にはもちろんブラインドが下ろされているが、熱のすべては防ぎきれない。

 ローレンスもさすがに今日は短パンではない。白の麻をお召しだ。
 暑そうだが、自分でばたばた扇子であおぐなどという下品なことはしない。ふんわりと供の者にあおがせている、もちろん。
 あれは、何でしょうね。ばたばたあおぐオジサマがた。扇子というアイテムそのものは優雅なのに、ああやってばたばたやるととたんに下品だ。下品って二度言いましたけど。これで三度か。
 それに威圧的。
 だからラリーはそんなことしない。

 でも、扇でふんわりではぜんぜん涼しくならなかったらしく、ローレンスはやおらマイ携帯扇風機をとり出して、スイッチを入れた。愛するしーちゃんが持たせてくれたのだ。
 会議場にいる公家たち全員の、無言の叫びが響く。
(ずるい)

 とかやってるうちに会議の開始時間になったらしく、スクリーンに光が入った。

 大スクリーンの中央にぱっと映し出されたのは、少女が一人、そわそわとワイヤレスマイクをいじっている姿だった。
「これでいい? もう入ってる?」
「まだだよ」
 どうやら、すでに接続されていることに気づいていないらしい。

「き……緊張する」うつむいてつぶやき、白魚のような指で髪をかきあげる。
「大丈夫」フレーム外から若い男の声がする。「正直にお願いすれば、きっとみんなわかってくれるよ」
「うん。がんばる」
「おれもここで応援してるから。ね」
「ありがとう」
 すがるような視線が横に流れた。男の姿を目で追ったらしい。

 会場じゅうの男たちの心臓が、きゅーん、と音を立てた。わしづかみというやつだ。
(かっ、可愛い)
(いや美しすぎる)
(誰だこの子は、アシスタントか? かわいそうじゃないか、誰か代わってやればいいのに)

 画面に昔懐かしいカチンコが映った。映画撮影のときに使うあれだ。
 ライブ配信なんだからカチンコ要らないだろうという話だが、めりはりをつけるために導入したらしい。
「三、二、一、キュー」
 カチン!

 その途端、それまで心細げだった美少女は、背筋に鋼がとおったように凛となった。
 涼やかに一度にっこりし、はきはきと話しはじめる。
「こんにちは。頼朝です」

(本人か!!!!!!!!!!!!!!!!)

 じつは、カメラを回しているオーギュスト、カミーユ本人にはないしょでわざと彼女の素の顔を流していたんである。
 おじさまがたのギャップ萌えをねらった用意周到な演出だった。
 恐るべし北条。

 この瞬間、交渉の主導権はほぼ鎌倉方に握られたと言っても過言ではない。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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