あなたの庭では遊ばない (7)

文字数 1,088文字

 そう、ローレンスが高層のパレスから見下ろしているのは、どう考えても悠久の古都・京都ではない。
 屹立する岩の柱また柱に霞の、さっきからしつこく言ってるけど

のたなびく、魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)もとい自分たちが国を動かすと自負している超エリート官僚集団の棲息地、恐るべき人外魔境をかかえこんだメガロポリスTOKYOだ。
「こういう場所で生きていると、駆け引きばかりが上手くなっていく」
 バルタザールをふり返って、ローレンスは哀しげに微笑む。

「きみがうらやましい。義経くんもね。
 わたしもきみたちのようにまっすぐ生きてみたい。
 友だちになりたかったけど……、残念だ。まあ、わたしとはかかわらないほうが、きみたちの幸せのためだね。
 何かわかったらこちらから連絡するから」

 バルタザールには、返す言葉もない。

 ふと、ローレンスのスマートフォンが鳴った。
 ローレンスがすばやく耳に当てる前に、甘やかな女性の声が漏れたのを、バルタザールはしかと聞いてしまった。
「もしもし、雅仁(まー)くん?」

滋子(しー)ちゃん」

 ローレンス、ぽっと頬を染めたりなんかしている。
(やってらんねーわ)
 心底うんざりしそうになるバルタザールだ。

「ごめんしーちゃん。友だちと大事な話が。ほんとごめんね。ううん、もちろんしーちゃんのほうが大事だよ。あ、そうか。今日いっしょに三時のおやつ食べる約束だったね。うん。うん。え、ティラミス? えー、わたしはサヴァランがいいなあ。わかった、じゃあちょっと訊いておく。うん。え? あ……うん。わたしも愛してる。じゃね。後でね」

 床に倒れて耳をふさごうかと思ったバルタザールだったが、ふさぐ寸前に思いとどまった。
 思いとどまって正解だったのだ。ローレンスの声がまだ続いている。
「え、何? ちょっと待って、いまメモするから」
(何だ? さっきもう切ったじゃないか)

「わかった、ティラミスとサヴァランね。ごめんごめん。あはは」
 左手ですでに通じていないスマホを押さえ、右手でさらさらと書き流したメモをさりげなく渡してくる。
(おれに買って来いってか?)
 目を落としてバルタザール、固まった。メモにはこう書いてあったのだ。

〈二人は無事だ。少なくともいまは。
 義経くんには絶対に動くなと伝えてくれたまえ。
 次の手を思いついたら知らせる〉

 ごていねいに人魚ときつねの絵を描いて、ハートマークまで添えてある。

(やっぱりおまえだったんじゃないか。何が「わたしとかかわらないほうがきみたちのため」だ――!)
 絶句するバルタザールに、ローレンスは平然と、目と口の動きだけでささやいてみせた。

(誰が聞いているかわからないからね)
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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