うちへおいでよ (12)

文字数 935文字

「よく話してくれた。恩に着る」
 泣き伏す少年に声をかけつつ、フロリアンの目はぼうぜんと宙をさまよう。
 弟も自分も満身創痍。武力と法力の十重二十重(とえはたえ)の囲みを突破して、愛する女たちを奪還するというだけで至難の業だ。
 その上、自分たちが命をねらわれているとは。
 生き皮って何だ、生き皮って。剥いでどうするんだ。
 毛皮のえりまきにでもするのか。
 いま、夏なのに。しかもあいつら坊主なのに。どういうコーディネートだ。

 だいたい、それと雨乞い・雨止みと、どういう関係がある。

「兄者を失ってぼくは目がさめたんです」むせび泣きながらマルティノは言う。「何なんだと。この争いは。何のためなんだと。
 どこが一位だとか、勝った負けたとか、そんなに大事ですか?」

「お寺には年取った母者がお世話になっています。だから兄者は……でも……ぼくはもう誰にも利用されたくありません。
 どうせ死ぬなら兄者みたいにじゃなく、いいと思えることをやって死にたいです」

 思わず、抱きよせた。
 どうせ死ぬなら、信じるもののために死にたい――
 おれと同じだ。

 しばらく抱きかかえていたら、小さな体のふるえはしだいにおさまってきた。
 やがて、マルティノは涙をぬぐい、いずまいを正した。
「お願いがあります」
「何だ」

「いまからお二人に、他次元への誘導灯をお出しします。
 その前に」
「何だ」

「その」うつむいている。「気もち、悪がらないで、いただきたいのですが」
「だから何だ」

 思いきったように顔を上げる。
「ぼくのしっぽを、食べてください」

「えっ」

「えっ、えっえっ??」
「気もち悪がらないって言ったじゃないですか」また泣きそうになっている。
「いや、いやいや、そうじゃなくて、しっぽって」
「ぼくカナヘビなので」
「そうじゃなくて」

 自切(じせつ)、という。俗に言うトカゲのしっぽ切りだが、あれはじつは命がけなのだ。
 ものすごく体に負担が大きい。あたりまえだ。
 中には耐えられなくて死んでしまう子もいる。

「ぼくのしっぽを食べてくだされば、あの水晶の毒消しになります。
 とくに四郎どのは、このままだとお目ざめになりません」

 すっと、きらめく金と黒の小さな生き物にもどった。
 体の半分はある長いしっぽが、あざやかなコバルトブルーに輝いている。
〈さあ〉
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み