見つめていたい (12)

文字数 1,674文字

 ピチュピチュ……
 と、小鳥のさえずりサウンドを入れると、一発で平和が作れる。

 なぜだろう。考えたら、殺人現場の上にだって青空はあって、小鳥はピチュピチュ言うはずじゃないか。
 なのにこのピチュピチュの効果は絶大だ。もしくはチュンチュン。
 そよ風そよそよ、草の葉さわさわまであったら完璧だ。

「御曹司っ」
 草の上にうつぶせに倒れているクロードを見つけ、ベンジャミンは駆け寄った。
「御曹司」
 息をたしかめようと身をかがめたとたん、
 相手はごろりとあおむけになり、いきなり大声を発した。

「うあああああああああ!!!!!!!!」

「空だ」

「へ?」
「空」
 言うなり、ごろごろと草の上をころがりだす。

「ベン! 空だ!」
「な、何?」
「息ができる。ああっおれ無理ぜったい無理、地下とか!! 死ぬかと思った。気狂うかと。
 空だーーーーー!!!!!」

(そうか)
 ベンジャミン、やっと思い出す。
(この人。閉所恐怖症だった)

 そうなのだ。
「見つめていたい (8)」あたりからクロードがずっと元気なくて無口だったのは、全国に指名手配されたからではなかったんである。たんに窓のない部屋が辛かったのだ。それだけだ。高い所も揺れる乗り物も平気なのに、閉じた場所だけは苦手なのだ。
 どんなに洗練されたスタイリッシュなインテリアでもだめ。四方を壁に囲まれていると窒息してしまう。窓がないと、または窓があっても高層階で開けられなかったりするともうだめだ。
 流水でないと死ぬ鮎みたいなやつ。

 読者の皆さんはどうだろうか。
 ちなみに作者は、高い所、乗り物、窓のない部屋、全部だめです。

「あああああ!! 生き返る!!」
「そんな大声出してて追手に見つかったらどうするんですっ」
「見つかったら戦う」
「刀もないのに?」
「そっか。じゃ出して」
「出してって、おれドラえもんですか」
「似てる」
「似てねーわ」
「ははは」くるりと身を起こした。「他のやつらは?」

「いません。見たところおれらだけです。あの水晶クラック入りまくってたから、みんなばらばらに別の所に出ちゃったんじゃないかな」
「えー、じゃ、あとの四人が合流できてるかもわからない?」
「わからないです。そうだといいけど」
「そっか」
 ふたたび、ぱたんと寝ころぶ。

「静はお姉ちゃんと無事におうちへ帰るといいね」
 草の上に大の字になったまま、意外なことを言いだした。
「は?」
「いい子だったなあ」
「はあ? え何? それ何? 別れていいの??」
「もう別れた」
 草の葉を一枚むしって、唇に当てて鳴らしている。草笛というやつだ。

「ちょ待っ、そんな、じゃあ、さっき譲ればよかったじゃない。ミラちゃんとあんな激突しなければ、こんなみんなばらばらにならなくても」
「さっきはさっき」
「意味わからん」
「これでよかったんだよ」淡々と言う。「おれの負けってことだ。競り負け」

 そうか。
 この人なりに気持ちの整理をつけたってことなんだな、と、じんわり涙腺のゆるむベンジャミンだったが――

「なーんて言うわけないだろ!」
 草笛をぷっと吹き捨てて、クロードはむくりと起きあがった。
「クソ、あのバカ姉! このままですむと思うなよ。おまえは三郎とフ○○クしてろ」
「ななな」(なんつーお下品な! 源氏の御曹子とも思われないっ)
「どうしてももう一度静に会う。言わなきゃならないことがある」
「何」
「愛してるって」
「いや、いやいや、それもうさんざん言ったでしょ?」
「言ってない」
「うそ、一度も??」
「言ったけど本気では言ってない」

 ええかげんにせいよ。

「さあてと」
 仁王立ちになり、口の横に両手を当てて、抜けるような青空に向かってクロードは叫んだ。
「ここは、どこだーーー???」

 見まわせば、上は峰、下は谷。眼下はるかに谷川がきらきらと流れる。
 切り立つ山肌を深々と森がおおっている。
 クロードの楽しげな叫びが四方にこだまし、吸いこまれていく。

 なんか、とんでもない所へ来ちゃった感じである。この設定でいいかどうか現時点では作者まだ自信がない。そのうち書き直すかもしれない。そのときはごめんしてください。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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