うちへおいでよ (4)

文字数 1,375文字

「まだはっきり目がさめておられないのですね」憐れみに満ちた微笑をたたえて美僧は言う。「わかりますよ」
 は?!と思うけれど、もうなんだか全面的に彼のペースに巻きこまれそうなアリアだ。
「わたしも初めは目を疑いました」と彼。「御前ともあろうおかたが、狐狸(こり)のたぐいにたぶらかされておいでとは」白狐を見下ろし、眉をひそめる。「大事はありませんでしたか?」
「大事って?」
「おとめの宝を奪われるとか……おお」と口をおおう。「これは失礼」

「そこで赤面しないで! なんか不必要にやらしーんですけど!!」

「とにかく参りましょう。さあ。そんなけだものから手をお放しなさい」
「いや。やめて」アリアは必死に白狐を抱きしめた。「まさか佐藤くん殺しちゃったの? だったら許さない!」
「殺しはしません」吹き矢を見せる。「生け捕りにせよとのお達しでしたので」
「誰の?」
「すぐにわかります。ささ、姫」
「いや」
「聞き分けのない人だ。そこがまた可愛いけれど」
「なにその乙女ゲー王子様的な! 乙ゲーやったことないけど」
「言うことを聞かないと、あとでおしおきしますよ」
「まじか」

 このままあと五ページくらいは続きそうな勢いなので、次のキャラに登場してもらうことにする。

「そこまでだ」
 きらりと突きつけられたのは、長刀の切っ先だった。
 こちらも僧形。だが先の男と違い、僧衣の上に鎧をつけている。
 先の男はすっと立ち上がると、白刃をこともなげに素手で払った。

「そこまでとは」鼻で笑う。「何のことやら」
 後の男も眉ひとつ動かさない。
「山門※1、か」
 やはり黙ったまま、長刀をかまえなおす。
「するとおぬしだな、横川(よかわ)※2の覚範(かくはん)とかいう輩は」
「なぜそれを」不意を突かれて、鎧の男は棒立ちになる。
「台本に書いてあった」

「だ……」

「だから、なぜそれを! 先に言っちゃうかなー」
 へなへなと腰が砕け、荒法師・覚範は泣き声になった。「ここはかっこよく名乗りあうって打ち合わせで! もう!」
「ははは、悪い」
「ひどいよ。あーじゃおれも言っちゃうもんね。このお兄さんね」とアリアに、「醍醐寺の人。こんなきれいな顔してるけど乱暴者だから気をつけてね。人呼んで悪禅師(あくぜんじ)
「あっきさま、それはおれが自分で」
「へへっおあいこー」と舌を出す覚範。
「悪禅師?」どこかで聞いたな、とアリアは思う。

「申し遅れました」男は涼やかに笑っている。「阿野(あの)全成(ぜんじょう)と申します。今若と呼んでくださってもいいですよ。牛若がいつもお世話になってます、アリアさん」
「水原くんの? お兄さま?!」
 似てるわ!
 顔のきれいなとこと人の話聞かないとこ。どうりでさっきからデジャブ感がいろいろ満載だったわけだ。

「いやー女性の読者さまたちにぜったい期待されてたと思うよ?」と覚範。「ヒロインをめぐって死闘をくりひろげる男二人の図って」
「うんまあそうなんだけど」と全成。「まじめにやってたらこっぱずかしくなってきちゃって」
「じつは照れ屋だからなあセンパイは。この、この」(突つく)
「ははは」

 どうでもいいけど、ヒロイン完全に放置と言うのもどうなんだろう。
 と思う、アリアと作者であった。

 そしてごめん四郎。悪いけどもうちょっと気絶しててね。


※1&2 山門とは比叡山延暦寺のこと。東塔、西塔、横川から成り、最奥で最強なのが横川の僧兵たちとされた(感想には個人差があります)。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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