あなたの庭では遊ばない (13)

文字数 1,494文字

 ジョバンニの遺灰を紙に包んでとりのけ、ミランダはフロリアンの手当てにかかった。
 自分で放った火とは言え、防御がまにあわなかったらしく、両のてのひらをかなり火傷している。

「ちょっと待って」
 フロリアンは指先で紙包みをつまむと、空をかるく切って印を結んだ。包みは宙に消えた。
「何いまの」あっけにとられるミランダ。
「え? 武蔵さんに送った」
 フロリアン、LINEの使いかたを訊かれたみたいにきょとんとしている。遠くのものをひょいと取ってきたり戻したりするのは、きつねにはふつうのことであるらしい。まあ最大で油揚げサイズだけれども。

 ミランダはミランダで、棚から藍色のガラス瓶をとり出し、透明な液体を惜しげもなく白い琺瑯(ほうろう)のバットに注いだ。(バットって浅くて平たくて四角い容器のことである。念のため。)
 フロリアンの両手を浸させる。
「これ何」
「ラベンダーオイルの原液。火傷の特効薬」
 これは本当の話だ。火傷にラベンダー。くどいようだがラベンダーの香りでタイムリープが可能かどうかの科学的検証はいまだになされていない(何言ってるかわかんないという人いないと思うけどいたら「ときかけ」で検索してみてね)、とはいうものの、火傷に対する効果にかんしては百年来の定評がある。
 作者も一度ためしにラベンダーオイルをなみなみと張って手を突っこんでみたいのだが、それにはまず火傷しなくちゃならないのが怖い。しかもけっこうお値段が張りそうだ。いま通販サイトで見たら3mlで660円、1リットルだと8万8千円もしている(税込)。波多野姉妹みたいなお嬢さまがたがうらやましい。

 というか、ミラちゃんにかいがいしく介抱されているきみがうらやましいぞ、フロリアン。おいこら。

「いい匂いだね」お金のことなんか知らないフロリアンは素直に言う。
「落ちつくよね」ミランダも微笑む。
 薔薇や百合のように濃厚に酔わせるアロマではない。不安を静め、痛みを和らげ、安らぎへ導いてくれる清潔な香りだ。ラベンダー。

 傷に馬油(マーユ)を塗る。これも特効薬だ。ガーゼを当てて包帯を巻く。それから彼の手をとって、自分の頬に当ててじっとしている。
 これがいちばんの特効薬だね。

「ありがとう」
 やっとのことでそう口にするミランダだ。
 これ以上何か言うと、泣いてしまう。

「どうする? これから」長い沈黙の後でフロリアンが言う。
「どうするって?」
「ここに一人で住むの、怖いでしょ」
 そうなのだけど、かと言って、どうしたらいいかわからない。

「よかったら」ためらいつつフロリアンが切り出す。「いやで、なかったら。おれのところに来ない? しばらく。いま、弟いなくて空いてるし」
「でも」
「おれが心配で頭おかしくなりそうだから」真剣に言う。「四郎たちのことだけでいっぱいいっぱいなのに、ミラにまで何かあったら。もちろん呼んでくれたらすぐ飛んでくるけど、それより目の届くところにいてくれたほうが。あの……、襲わないって約束する。まあ、この手じゃ襲えないし」
 包帯を巻かれた手のひらを返して、おどけてみせた。

 その手をもう一度、ミランダがそっと取る。
「襲えない、かなあ?」
「たぶん」
「たぶん?」
「冗談。襲わないから。ほんと」

「じゃあ」小さな声になった。「あたしが、襲っちゃおう、かな?」

 笑って、目が合って。
 その目を、同時に伏せて。
 そっと視線を上げると、また目が合って。
 自然に顔が近づいて。
 すっと自然に目が閉じてしまうのと同時に、すっと自然に唇が開いて……

 合わさって。

 ということを、人はなぜ、誰に習わなくてもできるようになるのだろう。

「手、痛くないの」
「かまわない」
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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