うちへおいでよ (20)

文字数 1,388文字

「わあっ上手、素敵! ありがとうございます!」
 ミランダが髪をかんたんに結ってやると、アナザー美少女、大喜びしている。
「わたしほんと不器用で。ずっとまわり男の人ばっかりだから、おしゃれとかも苦手で。このおだんごヘア再現できる自信ないです。ほどけちゃったらまた結ってくれますか?」
 どっちが世話係なんだかわからない。

 湯殿だから、声が反響する。湯の落ちる音やあふれる音もたえまない。
 あんがい、すぐそばにいる者のことばしか聞きとれない。
 それに女湯に盗聴器をしかけるほど僧侶たちも鬼畜ではないだろう。
 ふと、そのことに気づく。

「わたしここではモエ子と名乗ってるので、本名は秘密にしといてくださいね」
 いたずらっぽくそうささやいて指を唇に当て、巴は――
 しまった、正解言っちゃった。そう、源平サーガ女子キャラランキングでつねに上位三位に入る人気者(当社調べ)、木曽の巴ちゃんだ。(あざな)はパトリシア。
 しかし「モエ子」って。
 まあいい。

 とにかく、作者も彼女の大ファンなんである。強くてかっこよくて美人。しかも性格がいい。めちゃくちゃいい子。
 野郎どもに混じって従軍し、愛する源義仲ジェイソンのために命を惜しまず戦って、そのあげく彼に
「おれいまから最後の一戦なんでー、女連れだと恥ずいからおまえどっか行っちゃって」
とか衝撃の暴言を吐かれても怒らない。
 すなおにあきらめ、最後に彼のためにもうひとあばれする。有名な「首ねじ切って捨ててんげり」ってやつだ。そして、
「その後物の具(=甲冑)脱ぎ捨て、東国(あずま)(かた)へ落ちぞ行く」
 ああ、見える。馬を駆り、髪をなびかせて去っていく彼女の後ろ姿が……。(合掌)

 こんないい子、ジェイソンにはもったいなくないか。ほんとわからない。
 全国の義仲ファンの皆さま(松尾芭蕉グランパふくむ)には申し訳ないが、作者はどうしても納得いかないのだ。

「義仲さまに『おれの菩提を弔ってくれ』って言われて、そうしてたんですけど」
 湯舟のふちに腰かけ、足でお湯をちゃぷちゃぷするパティちゃんだ。
「飽きちゃって」
「は?」
「だってやることないですもん。お線香あげてお花あげて、あとひま。毎日ひま。ひとりで筋トレしててもむなしいし、もうトライアスロンとか始めちゃおうかなって思ってたとこだったんです」
 あははと笑う。くったくのない笑顔というやつだ。

「静さま」澄んだ目で見つめてきた。「わたし、ひさしぶりに、誰かのお役に立てるのが嬉しくて。だからお手伝いさせてくださいね。
 九郎判官どのをお恨みする気持ちは、もちろんあったんですけど……
 判官どのの追討令が出されたって聞いて、わたしすごく哀しくなっちゃって。鎌倉殿ひどくないですか。最初いとこの義仲さまで、今度は弟ぎみなんて。
 静さまのお気もちを思ったら、わたし泣きたくなっちゃって」

「わたしのこと、信じていただけたら、嬉しいです。
 この小説、裏がないので。『甘いこと言って油断させておいてだまし討ち』とかそういうキャラが出てこない世界観なので。
 だってそういう小説ならもう世の中にたくさんあるし、リアル世界にもそういう人たくさんいるじゃないですか。
 もういやなんです、わたし。そういうの。おなかいっぱい。
 だから、ね。
 それに……」

「それに?」

「わたしも、ずっとひとりぼっちだったんです」にっこり笑う。「女のお友だちがほしかったの」
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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