うちへおいでよ (6)

文字数 1,201文字

(お姉ちゃん。どうしよう)
 すでに心を動かされたらしくおろおろしている妹を、ミランダは苦い流し目で制する。
(ばか。信用しちゃだめ)
 そしてわざとはっきりしかめつらを作り、とぼけた声で言ってみる。
守護(ガーディアン)の人じゃないんですか?」
 もちろん引っかけだ。守護なら武士のはず。寺社勢力と利害が一致するとは思えない。だが、裏でつながっていないともかぎらない。

「は? ガーディアン? 何のことやら。新手の宅配サービスか何か?」
 相手もしれっと返してきた。だが言外に侮蔑の色をにじませ、最後ににやりと笑いをつけ加えた。
(はーん、知ってるんだ。だけど無関係だってサインね)

「お姉ちゃん、ガーディアンって何」アリアが小声で訊いてくる。
(そうかこの子まだ知らないんだった)
 ミランダは心の中で舌打ちする。いま説明する時間はない。それに……、知らないほうがいいかもしれない。クロードが全国に指名手配され、デッドオアアライブの危機にあることなど。

「守護のかたがたなら取り引きできるかと思って」アントワーヌの目をまっすぐ見すえ、なおもかまをかけるミランダだ。「あたしは九郎判官(ほうがん)の居場所を知ってますから」
「お姉ちゃん?!」
「黙ってて。――知ってるのはあたしだけで、この子は知りません。だからあたしを連れていってください。この子は助けて」
「わからない人だな」セバスチャンがいらいらと口をはさんだ。「われわれは判官殿を追っているんじゃないんです。あなたがた姉妹の――」
 今度はセバスチャンをアントワーヌが制した。

「九郎が? 九郎がどこに?」声がうるんでいる。「無事なんですか?」
 一瞬、他の三人の心も激しく揺さぶられるほどの迫力だった。
「妹を逃がしてくれたら言います」
「そんな」おろおろと姉妹を見比べる。「無事かどうかだけでも教えてください。乙若が死んで、牛若はわたしにとってたった一人の弟なんです」
「無事、です」
「どこにいるんですか」
「教えません。妹を逃がすと約束して」

「わかりました」
 アントワーヌはうなだれた。黒衣の膝の上で、手を握りしめている。
「すみませんでした。ミランダさんのお気持ち……、わたしと同じでしたね。なんとお詫びしていいか。
 九郎が元気でいてくれればそれでいいんです、わたしは。たとえ会えなくても。
 後白河院にかくまわれていると聞いたものだから……」

 院の名を聞いてミランダは青ざめた。知っている?!
 ということは味方? それとも敵? どっち?

「……聞いたものだから」アントワーヌは続ける。「安心していいのか、いけないのか、わからなくて。だって」いきなり顔をおおった。
「な、何?」セバスチャンもうろたえる。
「だってあんなフェロモン全開の帝王のところにいたら、九郎、ぜったいそのうち串刺しにされてしまう」
「串刺し?!」

「だから」ひさびさにアリアが叫んだ。「二人して赤面しないで、やらしーから! お坊さんでしょう?!」
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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