うちへおいでよ (17)

文字数 1,394文字

 次のシーンをどう書こうか、作者はさっきから考えあぐねている。

 延暦寺(会館)は騒然となった、と書き始めてもいい。
 姉娘を連れてきたつもりが、本命の妹娘だった。らしい。かもしれない。
 これは――
 醍醐寺に確認を取るべきか? いや、黙って知らんぷりしちゃう?
 超難解な仏典を読みこなす、いわば国の最高学府の知性たちが、額をあつめて相談している。みんな僧形だからあつめた額もつやつやだ。そんなことはどうでもいい。

 それとも、
 大浴場「満天の湯」は貸し切りだ、と書き始めてもいい。
 時刻は、そうさな、何時にしよう。
 読者は夜景が見たいだろうか。窓の向こうに広がる琵琶湖が、色とりどりの灯りをちりばめられてキラキラ。いいね。
 ああでもここはやっぱり、ヒロインの気持ちを優先しようか。連れてこられて夜までお風呂を待たされるのはいやだもの。すぐ入ってさっぱりしたいよね。
 真っ昼間の大浴場。貸し切り感が半端ない。
 よし、これでいこう。
 ということで、真っ昼間から大浴場「満天の湯」は貸し切りだ。

 世話係についてくれた女の子は、たぶん同い年くらい。ひかえめで感じがいい。
 脱衣所でお待ちしておりますから、ごゆっくり、と言ってくれた。
 それでも緊張がとけなくて、タンバリンをぎゅっと抱きしめていたら、困ったように微笑まれた。
「大丈夫です。わたしがちゃんとおあずかりしてます。お坊さまがたにお渡ししても、どなたもお使いになれませんから」
 それはそうだ。

 髪を洗い、からだを洗った。小さなまとめ髪にして湯に入る。
 足先からゆっくりと入り、からだを沈めていく。
 たっぷりと張られた湯が揺れ、あふれて流れる。

 肩までつかり――
 思わず、くすりと笑い、笑い声がもれないようにあごまでつかった。
 笑いはあぶくになって湯の面にぷくりと浮かんだ。
 微苦笑、というやつだ。

 われながら、と彼女は思う。
 われながら――

(クサい演技だった)

 まあ、こういうときのために妹のものまねという自己鍛錬は日々欠かさなかったわけだし、なおかつふだんの自分はあえて妹とは正反対の姉キャラを前面に出すことで二人の違いを周囲に印象づけてきて、その努力がとりあえず功を奏したと言えなくはないわけだけど、
(いやーあたしでもだまされないわ。いまどきぶつかったショックで魂が入れ替わるとか。
 ないない)

 若い世代の読者はまちがいなく『君の名は。』とか想像なさってるんじゃないかと思う。でも、もう少し上の世代にはぜったい『転校生』と『ふたり』という故・大林宣彦監督の大ヒット青春映画をまんま足して2で割っちゃったのがバレバレだろう。
 作者なんて脳内にさっきから『ふたり』の主題歌「草の想い」、
「昔ひーとの心にー、言葉ひーとつ生まれてー」
というあれが流れちゃって止まらなくてこちょばゆくて身もだえしている。それをバックに「お姉ちゃん!」と泣きながら走っているのはデビューしたての石田ひかりちゃんだ。若い。
 なんたる昭和どまんなか。
 こっぱずかしいわー。

(だけど)
 赤面しつつも、冷静に考えをめぐらす作者、じゃなかった、ミランダだ。
(こうしておけば、あたしたちのどっちが本物の静御前か、彼らはきっと確かめずにいられなくなる。そしたらアリアとあたしを二人会わせてみようとするはず)

 一か八かだ。
 いま頼れるのは自分ひとり。あるかぎりの可能性に賭けるしかない。
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登場人物紹介

波多野静/アリア(はたのしずか/ありあ)


この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳。惚れっぽいのが玉にキズ。海霊族(ネレイド)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)


アリアの同学年生(クラスは違う)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。極端な無口。女子に対する耐性ゼロ。アリアに片思い中。水狐(ウォーターフォックス)。

波多野遥/ミランダ(はたのはるか/みらんだ)


アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。海霊族(ネレイド)。

水原九郎義経/クロード(みずはらくろうよしつね/くろーど)


アリアの同級生で恋人。小柄だが学年一の美貌で、すでに女子の半数は陥落させている(推定)。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたちから「御曹司」と呼ばれている。樹霊族(ドリュアード)。

武蔵弁慶/ベンジャミン(むさしべんけい/べんじゃみん)


アリアの同級生。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。じつは料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)


クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ている。ただし左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。ミランダに片思い中。火狐(ファイアーフォックス)。

水原由良頼朝/カミーユ(みずはらゆらよりとも/かみーゆ)


クロードの異母姉。アリアやクロードたちとは別の全寮制高校に学ぶ。男装して生活している。頭脳明晰、真面目で誠実だが、男心も女心もまったく解さないのが玉にキズ。樹霊族(ドリュアード)。

遠藤盛遠/文覚/バルタザール(えんどうもりとお/もんがく/ばるたざーる)


カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲。アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。荒海を一喝して静める法力の持ち主。性格は豪快で、人情に厚い。水霊族(ナイアード)。

後白河雅仁/ローレンス(ごしらかわまさひと/ろーれんす)


法皇。この国の権力構造の最高位にありながら、一見ひょうひょうとした異端児の風貌を持つ。が、その本心は未知数。バルタザールとは熊野での修行仲間。龍族(ドラゴン)。

土佐昌俊/ジョバンニ(とさしょうしゅん/じょばんに)


ベンジャミンのかつての修行仲間。その後カミーユに仕えていたはずだったが、詳細不明の経緯によって刺客となり、謎のダイイング・メッセージを残して世を去る。土霊族(ノーム)。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)


クロードとベンジャミンのかつての同級生。いまは転校してカミーユの高校にいる。清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

北条政人/オーギュスト(ほうじょうまさと/おーぎゅすと)

カミーユの同級生。寮では隣室。そつのない完璧な優等生。影となり日陰となり(?)カミーユを支えるが、いまだに友達以上恋人未満の生殺しポジションに置かれている。水霊族(ナイアード)。

滋子/ジェニファー(しげこ/じぇにふぁー)

後白河院の女御。院号は建春門院。かの平清盛の義妹(妻の妹)。美貌と知性と気くばりを兼ね備えたパーフェクトなレディ。溺愛してくる夫を甘やかしつつ、さりげなく手綱をとっている。樹霊族(ドリュアード)。

横川覚範/セバスチャン(よかわかくはん/せばすちゃん)


比叡山延暦寺(天台宗)の荒法師。四郎忠信とは宿命のライバル(に今後なるはず)。山霊族(オレアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)


醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取る。謎の使命を帯びてアリアに近づく。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

金王丸/マルティノ(こんのうまる/まるてぃの)


土佐坊ジョバンニの弟。推定年齢十歳前後(ヒューマノイド換算)。聡明で献身的。思いがけない形で佐藤兄弟の前にあらわれ、ある重大な秘密を告げる。土霊族(ノーム)。化体はカナヘビ=草蜥蜴(グラスリザード)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


一人当千の女武者。ミランダの盟友となる。素はおちゃめで尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだった。土霊族(ノーム)。

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