第85話

文字数 1,278文字

 プラテリーア公国は魔法文化が低い国だった。魔法に対する耐性も低く、イザベラの弱点と言える。そこを補うために高司祭のイゾルデを警護に特化した侍女とし、仕えさせていた。まさか今夜に限って、イザベラ自身がイゾルデを役目から外すとは思わなかった。

「すまなかったイゾルデ。そなたに、そんな役目があったとは知らなかった。不明な私を許してほしい」
「いいえ。イザベラ様をお守りすることができて、よかったです。役目を全うしただけですわ」

 はにかんでみせたイゾルデは、イザベラとそう年齢(とし)は変わらなそうだ。なのに司教に次ぐ地位である高司祭であるというのだから、よほど幼いころから戦女神(アシオー)に仕えていたのだろう。

 翌朝シッテンヘルム伯爵家当主、パトリックが斬殺体で発見されたとの報告があった。

 シッテンヘルム伯パトリックの死体は、怪しげな魔法陣の上に横たわっていたらしい。時間になっても目覚めてこない主人を起こしに行った執事が発見したのだが、夫人をはじめ家人の誰もが、当主が死霊術師であることを知らなかったという。

 イザベラを皇帝の婚約者と交付する以前のこととはいえ、大罪を犯した事実は消せずシッテンヘルム伯爵家は爵位を取り上げられ、一族は辺境の地での強制労働処分が下された。




 瞬く間に三ヶ月が過ぎ、皇帝クレメンスとの婚儀を無事に迎えたイザベラ。

 皇后となる者だけが纏うことを許された純白のドレスと、女神アシオーの聖獣である梟を頂いた皇后のティアラ。そしてこれも皇后の証であるオリハルコン製の扇。

 扇は閉じたままの状態で神聖語を唱えると、そのまま片手剣へと変じて武器になる。軍事国家であるヴァイスハイト帝国の皇后が持つに相応しい隠し武器だった。

 普段は何の変哲もない扇だが剣化すると剣身は八十センチほどになり、イザベラも馴染んだ長さになるので扱いに困ることはない。尤も、武器として使用する日が来ないことを願うが。

 帝室専用の大聖堂には、再び他の封印を守護する帝室の人間が列席している。あれからヴァイスハイト帝国に国賓として留まり、交流を深めていた。

 臣籍降下せずに帝室の身分のままでいると、その者は王家を興すことになる。先帝ゲオルグの実弟でクレメンスの叔父はザントシュトラント王家を興し、一人娘のマグダレーナは王女という身分。

 王と称されるが、臣籍降下した公爵家とは違い帝室の一員のままだ。マグダレーナ王女は、将来の自分の姿をイザベラに重ねていた。輿入れまで約十年も時間がある。皇后としての姿を学ぼうと、七歳の少女は眩しい眼差しで見つめていた。

 伯爵以上の上位貴族当主夫妻たちも参列を許されているが、警備の人間は倍以上いる。軍事礼装と式典用の帯剣をした近衛隊士たちが大聖堂の内外を固めている。

逮捕されたハインリヒの一族郎党は勿論、加担したと目された貴族たちは大聖堂に近付くことすら許されなかった。

 逮捕から三ヶ月。芋づる式に暴かれた反皇后派は、下位貴族から順に不敬罪の名の下に断頭台へと送られていった。
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