第13話

文字数 1,213文字

 一度は大公妃並みの境遇にありながら、他の妃たちと同じように宮殿を去らせてもらえなかった恨み。歳は親子ほど離れていたが、アンジェラは先代大公を深く愛していた。その最愛の人の弔いを許されない恨み。そしてあろうことか邪な想いをかけ、すでに正式な妃を迎えたにもかかわらず自分の側妾になれと言われた屈辱。十年の間はまだ先代大公の遺臣も多く、彼らの助けもあってアンジェラの操は守られてきたが、彼らが次々と没していくと遂にオリンドは実力行使に出た。

 たった一夜のことで、彼女は懐妊してしまった。このことを知った当時の大公妃は激怒し、アンジェラを密かに幽閉しようとしたが失敗し、逆に毒をあおらされる羽目になった。病気療養という名目でアンジェラは子爵家に軟禁状態となり、イザベラを出産後、再び宮殿に召し出されてしまった。公女の生母ということで、今度こそ彼女を大公妃として迎え入れようと画策していたオリンドだったのだが。

 しかし、この不義を見過ごすわけにいかなかった家臣たちは、猛反発した。仕方なくオリンドはアンジェラは女官長という身分にし、乳母として宮殿に留まらせイザベラを育てさせることで、家臣と妥協した。オリンドは家臣団が条件として押し付けてきた二人目の妃、ミルドレッドを迎えた。だが彼女は、懐妊するまでに六年かかったが、嫡男ロベルトを産んだ。表向きイザベラは、先妻の娘ということになっている。実母がアンジェラであることを、イザベラは知らない。オリンドもアンジェラも事実を告げるつもりは、毛頭ない。だがオリンドのアンジェラに対する思慕は終わらない。老いた今も尚、偏執的な想いを見せる。

(殺されたとしても、あの時に何としても宮殿を出るのだった)

 先代大公が亡くなったあとの己の身の振り方について、今更ながら後悔するアンジェラ。大公の側近である、宮廷魔術師のメリッサが来るまで、頬を撫で回される屈辱に耐えなければならなかった。メリッサは扉の外から控えめに、だがハッキリと刻限でございますと告げた。

「なんだメリッサ、もう時間か?」

 年齢不詳の女魔法使いであるメリッサは、お急ぎをと促す。名残惜しそうにアンジェラの頬を撫でたオリンドは立ち上がると、会議に出席するために部屋を出た。入れ違いに部屋の中に入ったメリッサは、うずくまったまま身を震わせているアンジェラに憐憫の目を向ける。

「メリッサ殿。どうか、どうか後生でございます」

 汚らわしさと恥辱で全身を染め、言葉が続かない老女官長へ、メリッサは頷いてみせると何やら呪文を唱え始める。すると、アンジェラの眼前に在りし日の先代大公の姿が現れた。

「メリッサ殿、ありがとうございます」

 幻術を得意とするメリッサは薄く笑うと、自身も会議に出席するべくローブをひるがえし、長い廊下を進んだ。

「老いた男の執念とは、恐ろしきものよ」

 小さく、小さく呟かれたメリッサの台詞には、明らかに侮蔑の色がこめられていた。
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