第74話

文字数 1,025文字

 そしてハインリヒ以下、一族郎党は全てそれぞれの屋敷に蟄居を命じられ、厳重な監視下に置かれた。彼らに接触する者は厳しい詮議を受け、面会がことごとく制限される。白昼堂々、誰の目を憚ることなくこの逮捕劇を演じたことにより、震え上がった反乱分子の貴族や女官や文官、また軍人たちが次々と投降してきた。

 まだ完全にとは言えないが、内乱を未然に防いだことに、クレメンスは胸を撫で下ろす。

 全てが終わったとき、戴冠式と国葬はもう目前に迫っていた。明後日に即位するクレメンスは、久しぶりにイザベラの寝室を訪れた。

「変わりはないか」
「ええ。大丈夫、だ」

 いつもと何か違うな、とクレメンスは思った。彼女のまとう空気がいつもより幾分やわらかい上に、戸惑いのようなものも感じられた。もはや逃れられぬ現実を受け止めねばならないことに、葛藤しているのだろうと、彼は解釈した。

「ハインリヒの件は、本当に大変だったわね。いや大変だったな」

 今夜のイザベラは言い直しが多い。言葉遣いが安定せず、何だかちぐはぐな言い回しだなとクレメンスは眉をひそめる。

「呂律が回らないのか?」
「違うわ、そうじゃない」

 かぶりを振る彼女は、今までと明らかに違う。

「ハインリヒを逮捕するよう命じたとき……貴方が震えていたように見えたのは、私の見間違いかしら」

 イザベラは気付かなかったが、クレメンスの頬がわずかに引きつった。

「あの時、あなたは悲しんでいるように見えた。違っていたら申し訳ないけれど。でも、私には、あの時のあなたが幼い、泣いている子供のように見えたの」

 目を合わせようとしないイザベラの台詞を聞くうちに、クレメンスはずっと感じていた違和感の正体に気付いた。

 言葉遣いだ。

 普段は男言葉の彼女が今夜は、女性らしい言葉遣いも混じっている。そして今は完全に女性の言葉になっており、それが違和感になっていたのだ。

「確かに、わたしが冷静でなかったのは事実だ。幼い頃よりいろんなことを教えてくれた男が、謀反を企んでいた。冷静でいられるはずがない」

 あの時の無念が、またクレメンスの心を蝕む。やりきれない思い。だが例外は許されない。叫びだしたい衝動に駆られながらも、取り乱すことは許されない。それも今は蟄居の身になったハインリヒから教わったこと。

 そんな様子のクレメンスを見ていて、イザベラの心が締め付けられる。あの時と同じように、何か声を、慰めのひとつでもかけてやりたい。だが彼はそれを拒むかもしれない。
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