第26話
文字数 1,628文字
ロベルトの心が躍り始めていた。
まともに剣を握るのは本当に久しぶりだが、身体が覚えたことはそう簡単に忘れられるものではないらしく、最初はぎこちなかった動きも今は軽やかである。今は眼前の男と勝負をすること。もっとも最初から勝負になどなってはいないが、それでも今の自分の全力を叩きだせる相手であることには変わりない。
敵であるはずの皇帝を憎む気持ちが、失せ始めていた。真剣に剣を交えていると、彼が本気で稽古をつけてくれているのが判る。最初は嬲っていたであろうが、今は公子の腕を上げることに専念していることが、はっきりと判る。ロベルトは嬉しかった。他人が、これほどまでに真剣に自分に向き合ってくれる。しかも自国の人間ではない者が。
(母上、僕は初めて他人に対して敬愛の念を抱きました。このお方のためなら、喜んで命を差し出せる)
ロベルトの胸に、熱いものが湧き上がっていた。
(この公子、なんて才能の持ち主だ)
一方、剣を交えているクレメンスは、段々と的確さと鋭さを増していく攻撃に驚きを隠せない。勿論まだまだ未熟ではあるが、ロベルトの潜在的な剣術の才能は見事なもので、ついつい熱くなりそうになるのをこらえる。
(これほどの逸材ならば、ぜひとも我が国にほしい)
公子の顔に生気と喜色が浮かんできたのを認めて、クレメンスは潮時だと判断すると、再び聖剣を鋭く突き出す。それは的確に公子の剣を跳ね飛ばした。
「筋がよいな。そなたの潜在的な能力は素晴らしいものがある。どうだ、我が国に来ては?」
聖剣を鞘に収めたクレメンスは、全身で大きく息をしているロベルトに向けて言った。公子は迷いなくその場に跪くとバスタードソードを鞘に納め、柄をクレメンスに向けた。そして、何のためらいもなく臣従の意を告げる。
「我が名と剣にかけて、陛下に終生変わらぬ忠誠を誓います」
「よかろう。まずは我が国にて療養したまえ。時期が来たならば、しかるべき爵位と旧領地の安寧を約束しよう。二人を解放しろ」
命じられて、ようやくフィオリーノとミーナは自由になった。青あざができた両腕をさすっていると、ロベルトが意外なことを告げた。
「陛下、この二人も、一緒に帝国へ連れて行ってもかまいませんか?」
「構わぬが、侍従と女官としてか?」
ロベルトの意図を察しはしたが、あえて意地悪く聞いてみる。公子は一瞬頬を染めたがすぐに、いいえと答えた。
「ミーナは妻として、連れて行きたいと思います」
「ロベルト様?」
意外な一言に、当の本人がうろたえた。身分違いの想いというのは重々承知しており、まさか成就するなど思ってもいなかった。
「僕はもうプラテリーア公国の人間じゃない。それに、僕には君が必要なんだ。新しい国で生きて行く僕を、これからも支えてくれないか? いや、共に支えあって生きていきたい」
差し出された手を、しばし躊躇った後にミーナは取った。フィオリーノは無言で公子の前に跪き、改めて変わらぬ忠誠を誓う。
「話は決まったな。それでは、女性たちはその織物で身体を隠し、少々居心地は悪いが荷馬車に乗ってくれ。公子と卿は徒歩でよいな?」
「かまいません」
娘たちは色とりどりの織物を、体のラインを隠すようにゆったりと、だが大急ぎで巻き付けた。やっとこの恐怖の離宮から出られる。そんな喜びが全身からあふれている。
「公子殿下」
町長の孫娘が、さりげなくロベルトの傍にやってきた。
「先ほどは申し訳ございませんでした。つい、陛下に頭を下げてしまって。本来ならば真っ先に、殿下にお礼を申し上げねばならないのに」
恥じ入っている様子が伝わってくる。ロベルトは気にしていないと告げた。実際、彼ら三人だけで山賊たちを倒せたかどうかは怪しい。クレメンスたちだからこそ、数の不利を物ともせずに渡り合えたのだと思う。そのことを告げると、町長の孫娘は改めて深く、頭を垂れた。
帝国の皇帝と公国の公子。立場の違う二人に対して、ただ無言の謝意を態度で表した。
まともに剣を握るのは本当に久しぶりだが、身体が覚えたことはそう簡単に忘れられるものではないらしく、最初はぎこちなかった動きも今は軽やかである。今は眼前の男と勝負をすること。もっとも最初から勝負になどなってはいないが、それでも今の自分の全力を叩きだせる相手であることには変わりない。
敵であるはずの皇帝を憎む気持ちが、失せ始めていた。真剣に剣を交えていると、彼が本気で稽古をつけてくれているのが判る。最初は嬲っていたであろうが、今は公子の腕を上げることに専念していることが、はっきりと判る。ロベルトは嬉しかった。他人が、これほどまでに真剣に自分に向き合ってくれる。しかも自国の人間ではない者が。
(母上、僕は初めて他人に対して敬愛の念を抱きました。このお方のためなら、喜んで命を差し出せる)
ロベルトの胸に、熱いものが湧き上がっていた。
(この公子、なんて才能の持ち主だ)
一方、剣を交えているクレメンスは、段々と的確さと鋭さを増していく攻撃に驚きを隠せない。勿論まだまだ未熟ではあるが、ロベルトの潜在的な剣術の才能は見事なもので、ついつい熱くなりそうになるのをこらえる。
(これほどの逸材ならば、ぜひとも我が国にほしい)
公子の顔に生気と喜色が浮かんできたのを認めて、クレメンスは潮時だと判断すると、再び聖剣を鋭く突き出す。それは的確に公子の剣を跳ね飛ばした。
「筋がよいな。そなたの潜在的な能力は素晴らしいものがある。どうだ、我が国に来ては?」
聖剣を鞘に収めたクレメンスは、全身で大きく息をしているロベルトに向けて言った。公子は迷いなくその場に跪くとバスタードソードを鞘に納め、柄をクレメンスに向けた。そして、何のためらいもなく臣従の意を告げる。
「我が名と剣にかけて、陛下に終生変わらぬ忠誠を誓います」
「よかろう。まずは我が国にて療養したまえ。時期が来たならば、しかるべき爵位と旧領地の安寧を約束しよう。二人を解放しろ」
命じられて、ようやくフィオリーノとミーナは自由になった。青あざができた両腕をさすっていると、ロベルトが意外なことを告げた。
「陛下、この二人も、一緒に帝国へ連れて行ってもかまいませんか?」
「構わぬが、侍従と女官としてか?」
ロベルトの意図を察しはしたが、あえて意地悪く聞いてみる。公子は一瞬頬を染めたがすぐに、いいえと答えた。
「ミーナは妻として、連れて行きたいと思います」
「ロベルト様?」
意外な一言に、当の本人がうろたえた。身分違いの想いというのは重々承知しており、まさか成就するなど思ってもいなかった。
「僕はもうプラテリーア公国の人間じゃない。それに、僕には君が必要なんだ。新しい国で生きて行く僕を、これからも支えてくれないか? いや、共に支えあって生きていきたい」
差し出された手を、しばし躊躇った後にミーナは取った。フィオリーノは無言で公子の前に跪き、改めて変わらぬ忠誠を誓う。
「話は決まったな。それでは、女性たちはその織物で身体を隠し、少々居心地は悪いが荷馬車に乗ってくれ。公子と卿は徒歩でよいな?」
「かまいません」
娘たちは色とりどりの織物を、体のラインを隠すようにゆったりと、だが大急ぎで巻き付けた。やっとこの恐怖の離宮から出られる。そんな喜びが全身からあふれている。
「公子殿下」
町長の孫娘が、さりげなくロベルトの傍にやってきた。
「先ほどは申し訳ございませんでした。つい、陛下に頭を下げてしまって。本来ならば真っ先に、殿下にお礼を申し上げねばならないのに」
恥じ入っている様子が伝わってくる。ロベルトは気にしていないと告げた。実際、彼ら三人だけで山賊たちを倒せたかどうかは怪しい。クレメンスたちだからこそ、数の不利を物ともせずに渡り合えたのだと思う。そのことを告げると、町長の孫娘は改めて深く、頭を垂れた。
帝国の皇帝と公国の公子。立場の違う二人に対して、ただ無言の謝意を態度で表した。