第87話

文字数 1,252文字

 歓談の後に宮廷吟遊詩人が進み出て、創世神話を吟じ始めた。

――ここに詠うは、遥かなる神話の御代の物語。世界創造と神の血を受け継ぐ神聖にして不可侵なる帝国の、とある皇帝の物語。

 神話が誕生する以前、この世界には混沌しかなかった。やがて混沌は二つに分離し、光と闇を生み出した。光の中から誕生したのは、万物の創造神にして最高神のデウス。彼は眷属を生み出し自身が住まう天界と天上界、精霊界に妖精界を創り出した。

 闇から誕生したのは、デウスと対をなす妖魔王ディアボルス。彼もまた己が住まう魔界を創り上げ眷属を増やした。

 二人は最初の間は、共存していた。互いが対の存在であることを自覚し、どちらかが消滅すれば己も消えることをわきまえていた。共同統治の意味合いで協力して生み出したのが、物質界だった。神と妖魔に似た外見と性質を、半分ずつ併せ持つその生き物を人間と名付け、精霊や妖精、下級妖魔などもそこに住み着いた。

 だが。対をなす至高の存在の蜜月は、長くは続かなかった。どちらが物質界の真の主か揉めはじめ、やがて戦争へと発展した。互いが拮抗した力量を持ち、いわば半身の存在であるがゆえに決着はつかず。そのうちに神々や精霊、妖精の中から堕天するものも出てきた。

 人間たちは矮小な存在で、知能も低くただ逃げ惑うばかりだった。ある者はひそかに妖魔王側に味方し、ある者は最高神に付き従うようになった。

 やがて最高神を信仰する側の人間の中から、三人の若者が武器を取り人間たちを鼓舞し率い、最高神の戦力となった。彼ら三人は人間たちの中でも特に優秀で、光の性質を多く受け継いでおり、仲間内からは英雄だ勇者だと称えられていた。彼らの助力もあって、最高神をはじめとする光の勢力は徐々に闇の勢力を圧倒し、遂には彼らを魔界へと追放し閉じ込めた。

 勝利した光の神々は、三人の英雄たちに褒美として女神たちを妻に迎えさせ、国を興させ、魔界への扉と天界への扉の封印を守護する任務を与えた。その効力は血脈が途絶えるまで。

 故に彼らの子孫が直系・傍系を問わず途絶えない限り封印は破られない。故に、世界で帝国または皇国と名乗ることを許されるのは、神々に愛された三人が興した三国のみ。神聖不可侵にして至高の国々。

 英雄たちは死後、その魂は天上界へ昇り、そこで生前と変わらぬ肉体と能力を与えられた。いつか封印が弱体化し破られたとき、再び始まるであろう戦に備えて、彼らは半神として存在している。

 起こるかもしれない戦の、光の勢力側の切り札は三人の英雄たち。彼らの子孫たちとともに、もう一度、妖魔王を封じ込めるために――

 各国に創世神話というものは伝わっているが、微妙に形を変えて伝わってしまっている。女神の血を受け継ぐ三帝室には、同じ創世神話が伝わっている。

 朗々と歌い上げる吟遊詩人の声は、聞き慣れているはずの上位貴族たちの耳と心に沁み入っていく。それは正しく伝わる(まこと)の神話だった。故にイザベラは公国で聞いていた神話との微妙な差を修正しつつ、脳裏に叩き込む。
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