第99話

文字数 1,245文字

 身重の身体でこんな血なまぐさい戦場に来ることは、血の道が上がって流産の危険性が増すのに、皇后はどこ吹く風だ。

「隊列を乱すな、防御をしたら頭部を砕け!」

 エリーゼが必死で止めているために大人しくしているが、本当は自分も最前線に出たいという気迫は伝わってくる。

 何体かのスケルトンが兵士たちの防御壁を突破してイザベラたちの傍まで来るが、メリッサの爆炎呪文に焼き尽くされてしまう。ロベルトはこれが初陣であるため、オスティ将軍と何人かのクヴァンツ大将の部下を引き連れ、前線に出て行った。

 多少の不安をイザベラは感じたが、流石にオスティが鍛えただけあって鬼神のごとくスケルトンたちの頭部を砕いていく。

「殺せ、イザベラを殺せ!」
「黒衣の者がハインリヒだ。黒衣の男を捕らえよ」

 互いの指揮官の命令が飛び交う。と、そんな中。真っ白な閃光が無数のスケルトン軍団に浴びせられた。

 「なんだ?」

 あまりの眩しさに一瞬目を閉じたイザベラたちだが、目を開けるとスケルトンたちは驚いたことに一体も残っていない。

「皇帝陛下、皇帝陛下だ」

 クヴァンツ大将の顔に喜色が浮かぶ。大神官とクレメンスの合同退魔呪文が一瞬にして、スケルトンたちを魔界へ戻してしまった。

 神の血を受け継ぐ皇帝の上位神聖魔法は、大神官のそれよりも効力がある。そして大神官も国中の神官の中から選ばれただけあって、呪文の威力は並の神官よりも高い。そんな二人が合同で退魔呪文を唱えたものだから、魔族としては中級に位置するスケルトンが、あっけなく消え去った。

「お、おのれクレメンス、イザベラ!」

 黒衣の下でハインリヒが吼える。

「謀反を企てるのは、これで二度目かハインリヒ。禁忌を犯してまで、わたしに手向かう気か」

「お前はわしの手足でいればよかった。ヒヨッ子の分際で皇帝だと? 笑わせるな」

 今度は人間としての感情を表に出したハインリヒは、憎悪のこもった声で叫ぶと手をかざした。ドロドロに腐り、溶けかけたそこから炎が噴き出し、クレメンスたちに襲い掛かる。

「無駄だ」

 大神官がとっさに絶対魔法防御盾(アンチ・マジック・シールド)の呪文を唱え、炎を防ぐ。だがハインリヒは諦めずに爆裂、竜巻、雷、絶対零度の吹雪といった呪文を矢継ぎ早にベルンハルトに向けるが、これらも全て弾かれる。

「大人しくしろ」
「まだだ、まだまだ」

 今度はイザベラたちに向けて地震の魔法を浴びせる。大神官もクレメンスも結界の中にいて、自身が呪文を唱えることはできない。周囲の神官たちがとっさに皇后たちに魔法防御盾を張ったが、ハインリヒの呪文の完成の方が一瞬早かったようだ。

「きゃああっ」
「皇后陛下!」

 大地震がおき地面が割れる。大きな亀裂は確実にイザベラひとりを狙っていて、彼女は不意に足元の感覚がなくなるのを感じた。次の瞬間、身体が浮遊する感覚を味わった。キルシュが必死で彼女の手首を掴み引き上げるが、代わりにバランスを崩した彼の身体が亀裂へと吸い込まれる。

「キルシュ!」

 イザベラが叫ぶと同時に亀裂は彼を呑み込んで、閉じた。
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