第46話

文字数 901文字

 その場に居合わせた女官たちが思わず感嘆の息を漏らしたほど、着飾り化粧を施したイザベラは、美しかった。気の強い(あお)の瞳は相変わらず不満に満ちており、口元はへの字に結ばれていたが、そんなものは些細な欠点でしかない。生まれながらに持っている、人の上に立つ者としての気品と威厳が全身から溢れていた。

(陛下が見初められるのも、無理はないわね)

 と、エリーゼ女官長は微笑みながらイザベラの姿を見つめていた。正式に立后(りっこう)されたならば、ここにいる者たち全ての女主人となる。彼女たちは自然とイザベラの足元に跪いた。

「それではイザベラ様、陛下が謁見の間でお待ちでございます。ご案内いたしますゆえ、どうぞこちらへ」

 エリーゼ女官長がイザベラの手を取り、長い長い廊下を歩みだす。公女はひと言も発せず、自分の周囲を囲んだ女官たちの隙をついて逃げ出そうなどという考えも起こさずに、黙々とついていく。

(弟の消息が知れるまでは、迂闊な真似は出来ない)
 
 イザベラの胸に去来する想いは、これだった。これから、どのような運命が待ち受けているのか。彼女も幾多の戦場を経験し、敵国の女性捕虜の行く末をいくばくかは伝え聞いている。

 身分の高い美貌の者は、敵国の有力者の側室にさせられるか慰み者になって高級娼館に売り飛ばされるか。身分の低い者はそのまま下働きとして過酷な労働に明け暮れるか、下級軍人相手の娼館に売り飛ばされるか。いずれにせよ平穏無事とはいかない。しかし王朝に連なる者は、女子供を問わず死刑というのが世の習いだった。自分の場合はどうだろう、とイザベラは考える。

 近隣諸国に、女だてらに猛将として名が知れている。王朝に連なる者であり、見せしめとして処刑は間違いないだろう。それでも構わないが、せめて弟の行方だけは掴みたかった。だが、彼女の脳裏にこびりついて離れない台詞がある。

『クレメンス皇帝陛下が、貴女様をお望みです』 

 自分と皇帝はいつ、会っただろうか。いくら考えても、対面した記憶がない。肖像画を交換した記憶もない。

(私は、これからどうなるのだろう) 

 やがて視界に入ってきた大きな扉を見ながら、内心で珍しく弱気な台詞を吐いた。
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