第86話

文字数 1,253文字

 叙爵式を終え正式にプラテリーア公爵となったロベルトも、婚約者のミーナを伴い参列していた。皇后の唯一の身内とあって、その感慨はひとしおだった。

 かつてイザベラとロベルトに武術を仕込んだオスティ将軍は客将として迎え入れられ、現在は帝国軍で中将に叙されている。階級はひとつ下がったが、それでも実戦部隊筆頭の蒼旗連隊において副将という破格の地位にある。クヴァンツ大将の右腕として、早くもその辣腕を振るっていた。

 大聖堂には女神アシオーの神像が鎮座している。皇帝は女神の血を引くので、婚儀には人間である大神官の手を介在しない。女神像の前に香油がなみなみと注がれた器があった。

 クレメンスたちは並んで香油の前に立つと、柄杓を二人で手に取りゆっくりと掬った。

「偉大なる女神、国家守護神であらせられるアシオーの御前にて宣誓する。ヴァイスハイト帝国皇帝クレメンスと、旧プラテリーア公国公女イザベラは神聖な儀式を経て夫婦となることを。国家の礎となり永劫に封印を守護すること御前にて誓約いたします」

 二人は同時に一礼すると、手にした香油を左右に据えられた香炉に注ぐ。紅蓮の炎が二人を祝福するが如く大きく燃え上がった。

 それを合図に割れんばかりの拍手が大聖堂を埋め尽くす。誰からともなく祝福の声が上がった。

「両陛下万歳! ヴァイスハイト帝国万歳! 帝国と両陛下に女神アシオーのご加護あれ!」

 それらはシュプレヒコールとなり、大聖堂前の広場に居並ぶ下位貴族たちや警護の軍人たちの耳にも届く。彼らも同様に祝福の声をあげ、それはやがて庶民たちの耳にも届き首都は祝福の声に包まれていった。

 婚儀用のドレスから祝宴用のドレスとティアラに替えたイザベラは、礼装軍服に身を包んだオスティ将軍の姿に目を潤ませかけた。

(じい、無事で良かった。本当に、本当に良かった)

 弟と共によく無事で居てくれた――そんな思いが溢れそうになる。それも全て夫となったクレメンスのおかげ。イザベラは改めて己の心に宿った思いの熱量に身を委ねる。

 祝宴は舞踏会用の広場で開かれる。婚儀と同じく上位貴族の当主夫妻のみが臣下では列席が許された。

 皇帝夫妻と他の二帝室からの列席者、そしてザントシュトライト王家の父娘(おやこ)だけが上座で坐している。

 帝室は四足動物の肉食を禁じられている。鶏肉と魚そして果物や木の実、豆類に穀物が彩り豊かな料理となり、祝世界各国から取り寄せた酒類やジュースがふんだんに用意されている。

 戴冠式の時と同じく臣下の祝辞を受けつつ、招待された二帝室の者たちやザントシュトラント王家たちと言葉を交わす。

「兄上――先帝が遺言し、近親婚を取りやめたのは英断でした。おかげで国内に潜む敵を一掃できましたからね」

 ザントシュトラント王はそう言って笑った。年々数が少なくなる帝室のために臣籍降下せずにいた彼は、肩の荷が下ろせるとばかりにやわらかな笑みを浮かべた。マグダレーナ王女はまだ幼いながらも帝室の一員であるとの自覚が充分に育っており、振る舞いも大人と遜色なかった。
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