第81話

文字数 1,413文字

 イザベラはその少女に見覚えがあった。ロベルト付きの女官で名前は確か。

「ミーナ、だったな。離宮に随行していった」
「はい、イザベラ様」

 弟相手ではないので、イザベラの言葉遣いが男言葉に変わる。

「姉上。僕は国を離れると同時に、ミーナを妻として迎えました。彼女は公爵夫人です。陛下が立会人です」

 思いがけない台詞を聞き、イザベラは大きく目を開くと、弟と、俯き小刻みに震えているミーナを交互に見た。

「こ、公爵夫人?」
「ミーナはずっと僕の味方でいてくれました。姉上の目の届かないときは、彼女が文字通り影で支えてくれました。あの日も彼女は、陛下に向かって僕と一緒に殺してくれと言ってくれたんです」

 俯き身の置き所のないミーナは、どこから見ても普通の少女だ。そんな情熱がこの細い身体のどこにあるのだろうと思うくらい、今の彼女は緊張で震えている。

「ミーナ」
「は、はい!」

 イザベラの声がミーナの全身に突き刺さる。一応ミーナの家も貴族だが下級のもので、釣り合いなど取れているわけがない。どんな叱責を受けるのかと彼女は目を閉じて震えていた。

「顔を上げて、ミーナ。怖がることはないわ」

 意外にもイザベラの声が穏やかで、何よりも言葉遣いが弟に対するものと同じになっている。恐る恐る顔を上げると、そこにはとても優しいイザベラの笑顔があった。

「弟が選んだ人ならば、貴女は素敵な女性なのでしょうね。良かった、ようやくこれを渡せるわ」

 そう言ってイザベラは、美しい胸元を飾る金剛石(アダマース)のネックレスを外した。

「二人とも、よく聞いてちょうだい。このネックレスは亡くなった義母(はは)上さまが、私に預けられた形見の品よ」

 大切に両の掌に乗せられたネックレスは、蜀台からの蝋燭の灯りを受け輝く。

「ロブが結婚したとき、このネックレスを妻となる人に渡してほしいと頼まれた物なの。それまでは私が、義母上さまの代理で身に着けていただけ」

 弟夫婦が驚きに息を呑んだ。息子を庇ってバジリスクの毒入りスープで落命した、薄幸の母は義理の娘に形見を託していた。

「ミーナ。亡き先代の公爵夫人に代わって、私が貴女に渡します。プラテリーア公爵夫人として、受け取ってもらえますか?」
「イザベラ様。このような大切なお品を、わ、わたしごときが」

 狼狽し、頭を振るミーナにイザベラは微笑むと、そっと彼女の髪を撫でた。

「貴女には受け取る資格があります。ロベルトの妻に渡してほしいと、遺言されましたから」
「では、イザベラ様。わたしを認めてくださるのですか。み、身分違いの、わたしを」
「身分など、関係ないでしょう」

 微笑みながら、いつの間にかミーナの背後に回り、それを着けた。

「貴女は弟が自ら選んだ女性。他人に心を開かなかった弟が貴女に対しては心を許し、妻にと望んだのです。私は、そのことがとても嬉しいのですよ」
「姉上」
「どうかこれからも、弟の傍にいてください。そのネックレスはプラテリーア公爵夫人、そして私の義妹(いもうと)という証しです」

 ミーナが感激のあまりに泣き崩れた。決して認めてはもらえないだろうと思っていただけに、安堵で張り詰めていたものが切れてしまった。

「おめでとう二人とも。私たちは国も立場も変わってしまったけれど、家族であることに変わりはないわ。これからも、よろしくね」
「はい姉上」
「イザベラ様」

 面会の時間は終わりを告げた。来たときと同じようにエリーゼに手を引かれながら、イザベラの心は晴れ晴れとしていた。
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