第3話

文字数 1,412文字

「ただちに鉗口令を敷け。父上が崩御したことを国外に知られぬよう、厳重に情報統制をしろ。国境警備隊に、火急の伝令を」
「はっ、かしこまりました」

 一時(いっとき)の自失から立ち直ったクレメンスは、父帝が崩御した事実を国外に知られぬよう、迅速に命令を下した。扉のすぐ傍にいた宰相のハインリヒは、すぐさま伝令役となる魔法創造生物(マジック・クリーチャー)を複数体創ると、新帝の命令を覚えさせ、衛星都市や国境警備隊に向けて飛ばした。人間が馬を駆って伝えるよりも、彼らのほうが圧倒的に速い上に、姿隠し(インビジブル)の呪文で目的地に着くまで、余人には姿が見えない利点がある。

「すぐさま国葬と戴冠式の準備を。それからハインリヒ」
「はい陛下」

 戴冠式前で正式に皇帝に即位はしていないが、先帝ゲオルグが崩御した以上クレメンスが実質的に皇帝だ。自然と尊称も皇太子時代とは違ったものになった。慣れぬせいか若干の違和感を覚えつつも、まっすぐに宰相を見据える。

「今までご苦労だったな。たった今から(けい)の宰相の任を解く。これからは予、自らが親政を行う。皆もよいな、これは勅命である」

 形式上の戴冠を終えずとも、即位直後に発した勅令が宰相の罷免と親政の宣言。先帝ゲオルグが病に倒れた五年前から、宰相とともに内政にも通じてきただけあって、場の混乱はなかった。ただ一人、ポーカーフェイスという名の仮面を付けたハインリヒの心中は、当然ながら穏やかではなかったが。

「不服があるなら申し出てみよ、ハインリヒ」
「滅相もございません陛下。(しん)は謹んで勅命をお受けいたします」

 この返答に、先帝ゲオルグの寝室前に結集していた文官・武官問わず、内心で歓喜の声を上げていた。やっと陰気臭いハインリヒが表舞台から遠ざけられた、と。この五年間、先帝の病臥をよいことに国政を欲しいままに操ろうとしたハインリヒに、ことごとく待ったをかけ阻止し、より良い政治を心掛けてきたのは、他ならぬ皇太子クレメンスだった。

 即位し親政を表明したからにはもう、ハインリヒの好き勝手にはさせない。今までの功績を鑑みて、補佐官としての出仕は認めてやる。クレメンスの内心は、そうだった。

 ヴァイスハイト帝国では皇帝が崩御すると、一か月間はその死を秘密にする慣習がある。神聖不可侵の帝国とはいえ、ヴァイスハイト帝国は軍事国家としても勇名を馳せている。敵意を抱く国家は案外多いのだ。皇帝崩御の報を受け、どこぞの頭が足りない国家が、若い皇帝を亡き者にし、帝国を混乱させてやろうと企まないとは限らないのだ。もっとも、暗殺者(アサシン)など束になっても、クレメンスには近づけない。よしんば近づけたとしても、神の血を受け継ぐ英雄の子孫を殺せない。格が違いすぎる事実を目の当たりにしながら、絶望と後悔を抱いて絶命するのがオチだ。

 ハインリヒにしてもそうだ。彼はもともと魔術師の家系に生まれたが、政治学に興味を持ち、そちら方面を専攻したという変わり種だ。魔法創造生物(マジック・クリーチャー)を創り出せることからも判るように、彼の魔術師としての技量も高い。だが仮にも父帝の側近として宰相を務めていたのだから、しばらくはアドバイザーとして使い、数年したら強制的に隠居させてやろうと考えている。クレメンスは、ハインリヒが嫌いだ。虫が好かない。反りが合わない。隠居させるまでに致命的なミスを犯さない限り、宮廷に出仕することは認める。まだ宮廷内には、ハインリヒ派の人間も多くいるのだから。口惜しいが、そればかりは仕方がない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み