第45話

文字数 1,163文字

 呼吸が一瞬止まり、身体がのけぞった。そのままエリーゼは先程イザベラが自分にしたように、腕を巻きつけて首を締め付ける。そしてイザベラの片手を取り捻り上げ、反撃を食らわぬよう身体の位置を少しずらす。

「我ら帝国の人間を、甘く見ないでください。皇帝陛下の傍近くに仕える者は皆、女といえど武術を心得ております。貴女様がいかに世に知られた武人であっても、ここでは翼をもがれた鳥と同じ。大人しくしていただきましょうか」 

 気がつけば先ほどまでオドオドしていた女官たちは、いつの間にか手に短剣を構えていた。四対一。しかもイザベラは丸腰となると、分が悪い。抵抗を諦め、服従の意思を示すかのように自由になっている左手を挙げた。油断なく右手は捻り上げたまま、エリーゼはそれでも口調はやわらかく言う。

「手荒な真似をして申し訳ございません。ですが貴女様も御覧になられたでしょう? お父上の最期を」

 その台詞にイザベラの脳裏に、オリンド大公の無残な姿が浮かんだ。思い出したくない、悲惨な最期の姿。そして同時に。

『クレメンス皇帝陛下が、貴女様をお望みだからです』

 宮廷魔術士だったメリッサの台詞がよみがえる。

(私を、望む? どいういう意味だ、あれは) 

 イザベラは自由になっている左手で顔を覆った。

「貴女様にはもう、帰る国はございません」
 
 エリーゼの台詞が、イザベラの心を切り裂いた。
 
(そうだ、その通りだろう。父上が死んだいま、プラテリーア公国は(ほろ)んだのだ。大公位は空席のままで、自分は囚われの身。弟は)

 そこでイザベラはようやく弟のことを思い出した。離宮へ逃がした弟は、ロベルトはどうしているのかと。

「ロブ。ロベルトは、弟はどうなった?」 

 右手の自由を奪われながらも、もがきながら目の前にいる女官たちに叫ぶようにして問うた。だが彼女たちは油断なく短剣を構えるのみで、ひと言も発してくれない。

「陛下がご存知でございます」 

(まただ。また皇帝が出てきた)

 イザベラは、うんざりしたようにため息をついた。自分を望んだという真意も、弟の行方も全てが皇帝の掌中にあるとは。彼女は唇を噛み締めると、呻くようにエリーゼ女官長に問う。

「私は、皇帝に会わねばならないようだな」
「はい。先ほどから公女がお目覚めになられるのを、ずっとお待ちになっております。ですが」

 エリーゼはようやくイザベラの右腕と首を自由にすると前に回りこみ、膝をついた。

「まずは御召し替えをなさらねば」

 その台詞に、イザベラは自分が寝間着姿であることに初めて気がついた。目の前で微笑むエリーゼ女官長に、抵抗しようという気を起こせなくなっていた。明らかに別人なのに、同じ女官長という立場だからか。それともアンジェラとよく似た年齢だからだろうか。警戒しつつも、どこか安心感を覚えてしまう自分がいた。
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