第65話

文字数 1,225文字

 レーヴェ宮殿中庭にて近衛騎士たちの訓練を指揮していたマクシミリアンは、人目をはばかるように近付いてきた衛兵の囁くような報告に、一瞬だけ目をつり上げた。

「マルクス大佐、しばし陛下の御前へ行く。指揮を代わってくれ」
「はっ」

 部下にその場を任せるとマクシミリアンは足早に宮殿内に入り、政務に勤しんでいるであろうクレメンスに謁見を申し込む。程なくして執務室に通されマクシミリアンは、そこにハインリヒの姿を認めても顔色ひとつ変えずにいた。

「どうしたマクシミリアン。訓練を中断してまでここに来るとは、ただ事ではないな」

 戴冠式に婚儀の準備。諸外国からの来賓をもてなすための段取りや警護について。そして先帝から引き継がれた内政と外交の問題などに忙殺されているのは判っていたが、マクシミリアンの懸案も重要事項なのだ。

「畏れながら人払いを」
「それは補佐官も、ということか?」
「はい」
「ということらしい。ハインリヒ、席を外せ」
「仰せのままに」 

 相変わらずポーカーフェイスのままだが、内心ではあの女官め失敗したかと罵りつつも素直に退室する。ここでぐずぐずと理由をつけて居残ろうとすれば、余計な疑念を植えつけるだけだ。

(なに、確たる証拠はないのだ)

 女官とてハインリヒの恐ろしさは、よく知っている。ハインリヒの名や役職名を出そうとした瞬間に、口が利けなくなるという催眠術をかけてある。

(それに、いろいろと策は講じてある)

 無表情ながらも腹の中は黒い。イザベラ暗殺をいかに手早く済ませるか。ハインリヒはひとり、思案する。

「で、何事だ」

 クレメンスとマクシミリアンの二人だけになった室内は静まり返っており、余人はいないはずだが、それでも声を落として問いかける。腹心の部下であり乳兄弟であるマクシミリアンも、殊更に声を落として衛兵からの報告を詳細に告げた。

「なに?」

 サッと顔から血の気が引いた。手にしていた書類がぶるぶると震える。

「イザベラを暗殺だと?」
「いま衛兵たちがその女官を責め立てていますが、口を割るかどうか」
「背後にいるのは当然ハインリヒ。となると、どんな魔術をその女に仕掛けてあるか」
「補佐官の名を出そうとした途端、何らかの呪術が?」
「あれは元々、魔法を得手とする家系の生まれ。その位は平気でするだろう」

 女官にかけられた魔法を無効化しようにも、様々な 妨害トラップを施してあるだろう。簡単に解呪できないことは、マクシミリアンにも判っていた。自白がなければハインリヒを黒幕としてみることはできない。限りなく真っ黒に近い灰色。ハインリヒは証拠がないことを楯に、捕縛には応じないと思われる。

「この四ヶ月さえ乗り切れたら」
「うむ。正式に皇后となれば、奴もおいそれと手は出せない。それにしても、イザベラを狙うとは」
「衛兵の中にも、宰相の息がかかった者がいないとも限りません。護衛は、わたしの目に適った者にさせたいのですが」
「お前に任せよう。剣の腕が立つ者を頼む」
「はい」
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