第39話

文字数 1,530文字

「エミリオ! おのれロベルト、貴様」
「わたしを前に余所見とは、ずいぶんとなめられたものだな。まぁいい、そなたの息子は剣術の才能は潜在的に高い。その点はプラテリーア公爵家の血筋だな」

(そなたは認めたくないだろうが、確実にロベルトは武人の血を濃く引いている)

 護衛の者たちを押しのけて、クレメンスが前に出る。隠しきれない強者のみが持つ凄みに、対峙したオリンド大公が思わず後ずさる。正直に言って、格が違いすぎる。オリンド大公から見たクレメンスは、剣聖といって良い。己は剣の腕に自信があると自負していた大公も、こうも格上の相手を目の当たりにして確実に己の死を自覚した。

「た、助けてくれ。死にたくない、死にたくない」

 先ほどまでの恐慌状態は鳴りを潜め、情けない声をあげて後ずさる大公。そんな情けない姿を、冷めた目で見つめる息子。こんな男の影に怯えて、今まで自分は生きていたのかと思うと自嘲がこみあげてくる。

「なんだ父上も、いや大公も一皮むけば、ただの愚昧な人間でしたか。さんざん僕を亡き者にしようと小細工を弄していたようですが、所詮あなたは小悪党にしか過ぎなかったということですね」

 息子の痛烈な皮肉に、反射的にオリンドの斬撃が繰り出された。しかしそれを三寸の見切りで避け、剥き出しになっている目へと突きを繰り出す。

 手応えがあった。

 オリンドの左目が、息子のバスタードソードによって貫かれている。剣を引き抜くとその先端には、どろりとした眼球がついている。

「貴様、ロベルト! 親に向かってよくもこのような真似を」
「あなたに親を名乗る資格があるのですか? さんざん息子を毒殺しようと企て、挙げ句にはバジリスクの毒をもって母上を殺害したあなたに、親を名乗る資格も権利もない」

 そのまま首を薙いでしまおうと考えたが、甲冑は喉元まで覆われているので斬撃を浴びせられない。片眼を失ったとはいえ、攻めが有効な箇所は関節部分のみで、剣では致命傷を与えられない。

 ふとロベルトは、憩いの森で出会ったエルフ族族長クスターから風精霊(シルフ)を使役できる呪符を数枚貰ったことを思い出した。

(剣が駄目ならば、魔法で)

「苦しみの中、己の罪業を悔いながら逝ってください。オリンド大公」

 それは息子としてではなく、ヴァイスハイト帝国に降ったプラテリーア公爵ロベルトとしての、はなむけの言葉だった。呪符を掴み出すとシルフの名を呼び、大公を攻撃するよう命じる。

 風精霊たちは、かまいたちへとその姿を変化させ、甲冑のわずかな隙間から首を切断した。ごとり、と兜をつけたままの生首が床に転がる。転がる拍子に首だけが兜から抜け出し、やがて天井を睨み付けて止まった。

「愚かな男よ……野心など抱かなければ、もう少し長生きできたものを」

 遅れてやってきたヴィーラントが、師匠であるメリッサに挨拶をした。彼女の足下に転がってきた大公の生首を、弟子は侮蔑の言葉と共に蹴飛ばす。カッと見開かれた目は、今は虚しく空を睨みつけるばかり。

「陛下、弓兵隊をすべて討伐いたしました」
「ご苦労。どうやらクヴァンツ大将は公女を取り逃がしたらしい。だが、オスティ将軍を生け捕ったそうだ。メリッサ、我々は引き上げるがイザベラ公女の身柄拘束を、そなたに委ねる」
「お任せくださいませ」
「無事に本懐を遂げたな、見事だった。約束通り(けい)を帝国に連れ帰り、領土の安寧と爵位を保証しよう。我々と共に来るが良い」

 ロベルトは瞬時に膝をつき深く頭を下げた。そしてクレメンスたちと共に転移魔方陣に乗り、カヴィーリャの町へと戻る。

 約束通り、ミーナを妻として共に帝国に連れて行くために。カヴィーリャの町をはじめプラテリー公国の全てが、今日から帝国の一部だと布告するために。
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